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みなさまこんにちは、
三連休の真ん中の日、
みなさまいかがお過ごしですか?
先日、
↑こちらの記事をアップしました。
上記の記事では、
「モラハラさんは
ターゲットが嫌がることほど
嬉々としてやります。
なのでかつてモラハラ父の
ターゲットであった私は、
やがて嫌なことを「嫌」と
意思表示することを放棄するように
なりました」
と言う趣旨のことを書きました。
本日の記事は
この記事に連続する内容になるかと
思います。
モラハラさんは、
ターゲットが嫌がれば嫌がるほど
それをやる傾向があり、
そして嫌なことの反対、
ターゲットが好きなことや
大切にしていることほど、
これまた喜んでバカにしたり否定する、
そういう傾向があると考えます。
こう考える理由は
これまでの膨大な相談実績と、
そしてやはり
私自身のモラハラ被害経験です。
かつて私のモラハラ父は、
私が選んだもの、
私が好きなものや大切にしている事を
執拗に知りたがり、
それが自分の意にそわない場合は
事あるごとに見下したり
からかいの対象にして来ました。
私が好きな食べ物は、
「オレが沢山食べさせてやったから
ちえはそれを好きになったんだ」
としつこく言い、
何かにつけてからかい口調で
「ちえはどうして〇〇(好きな食べ物)が
好きになったんだぁ?」
「それを一番食べさせてくれたのは
誰だぁ?」
などなど、
それはそれはしつこく、
「パパがちえに沢山食べさせてくれたから、
だから私は〇〇が好きになったんだよ」
と、
私に言わせたがっていました。
(絶対言わなかったけど。
そもそも食べ物って、
実際沢山食べたらそれを好きになる、
というものでもなく、
沢山食べすぎて嫌いになった、
と言うこともあると思うので)
そして
今でも強烈に覚えているのは、
私が中学生の頃に推していた
とある男性アスリートのこと。
それまでの経験上
モラ父に知られると面倒な事になると
分かっていたので隠していたのですが、
意図せずそれを
モラ父に知られてからがもう、
本当に面倒臭くって。。
恐らくこのアスリートが
男性だったことが、
モラ父の癇に障ったのでしょうね。
もう、それはもう、
しつこくしつこく
このアスリートのことをからかわれ、
アスリートが
テレビに出るとそのたびに
「ちえはこいつが好きなんだ!
好きなんだ!」
と、小学生レベルかと思う様な、
はやし立てる発言。
戦術的な部分も含めて
試合を楽しんで観戦していても、
「ちえはあいつが好きだから
観てるんだ!」
と言う決めつけ。。
スポーツが好きな人って
普通にお気に入りの選手の
一人や二人いると思うのですが、
それがいけない事なのかと
感じるほどでした。
単純に観戦を楽しみたい時に
こんな事ばかり
横でやんややんや言われて
本当に疲れるし、
私は家ではこのスポーツを観る事も
話題にすることもしなくなったし、
スポーツニュースを観るだけでも
苦痛を感じる様になりました。
(その選手が取り上げらると
モラ父が騒いで面倒臭いし、
”いつその選手が取り上げられるだろう”
とそわそわして観るのが疲れるので)
一般的に、
親って自分の子が
アスリートやアイドルなんかで
「推し」の人ができると、
こんな風に扱うものなのでしょうか?
そんなに気になりますか?
否定したくなりますか?
からかいますか?
。。多分、
そんなことしないですよね。
私が嫌がることほど嬉々として繰り返し、
好きなことは否定しからかう、
そんなことばかりしておきながら
私が父を嫌う自由も許さない。
私を一人の人間として尊重し、
「人と人」
との関係性で見ることができず、
「娘なんだから父に逆らうな」
「俺は父親だ、
親が娘をどうしようと勝手だろう」
と、
娘と言う役割、
父と言う特権でしか
関係性を作ることができない。
役割だけで縛り付けようとし
人と人としての関係性作りを
粗末にするから、
だから「父」と言う役割の人を
必要としなくなった後、
成長した子どもが離れて行くと
それも受け止められなくて、
「俺は利用された」
「俺はかわいそう」
と被害者意識です。
つける薬が無いですね。
私は小学校高学年位の頃からは、
嫌なことを「嫌」と言わなくなるのと
同時に、
好きなことほど「好き」と言わない、
気に入っていることや
好きなことは
むしろ絶対にバレないようにする。
そんな風になりました。
今振り返ってみると、
好きなものを馬鹿にされたり
からかわれたりで
恥ずかしい思いをたくさんしたので、
自分の好みの傾向などを知られるのが
変に「恥ずかしいこと」と
インプットされていた面が
あった様に思います。
好きなことを否定されたり
バカにされると
当然不快になりますし、
からかわれるのは本当に面倒でした。
そしてこれは後から学んで
分かった事ですが、
人間って、
本当に好きな事や
一番のお気に入り、
真剣に取り組んでいることほど、
否定されたり攻撃の対象にされると
傷つくんですよね。
だから自分を守る為に、
好きな事、
真剣に取り組んでいることほど
家族に言えなくなった。
「好き」を表現できなかった。
将来の目標や
「これやってみたいな」
と言う事ができても、
子どもだから本来は一番に
相談しなくてはならない親が、
最も言いにくい相手になっていました。
カウンセリングを始めてから、
いわゆる”毒親”や
虐待を受けて育ってきた人たちが
多少の表現は違えど
同様の経験をしている事に、
最初は驚きと悲しさを覚えました。
嫌なことをされても「No」が言えず、
好きなことを思うまま「好き」と
言えずに育ってくると、
やがて何が好きか、何が嫌か、
本当に分からなくなっていってしまう
ことがあります。
好きなことをみんなで共有したり
思いっきり楽しむこともまた、
人生の大切な彩りです。
好きな事、
お気に入り、
真剣に取り組んでいること、
そういう事に対しても
抑制的にならざるを得ない
環境を生きて来たことによる影響も、
大人になってからの
「生きづらさ」
「困難さ」
の原因や遠因になりうると、
日々のカウンセリングの場面から
感じています。
