本を読むこと。そして、影響を受けること。 | ◆根本裕幸

◆根本裕幸

恋愛や結婚、性などのパートナーシップ・家族に関する問題からビジネス、対人関係、健康・病気・死など幅広いジャンルを扱う。感情・感覚をフルに使った“目からウロコ”な心理分析や、じんわりと心に響くハートフルな癒しには定評がある。

最近は「旅行記」にはまっている。
さまざまな国を貧乏だったり、優雅だったりして周遊してきた人たちの生のリポートを読んでは、その国を旅したような気分になっている。

あるいは文章がうまいとか、面白い作家の人たちのエッセイを読むのも楽しみである。
一時期は小説ばかりを読んでいたが、最近はエッセイや旅行記などの“日々”を切り取ったものを愛好するようになった。
こうした自分なりの流行にも波があって面白い。
カウンセリングルームのある江坂にも「ブックオフ」ができたのであるが、そこでじっくり本を探すのも面倒な私は、ついアマゾンにアクセスして、まとめ買いをしている。(せいぜい5、6冊ではあるが)しかも、私は中古で購入するのを主としているので、注文した本は一度にではなく、一冊ずつ、バラバラと届く。送料がもったいないと思いながらも、ついつい、その時間差攻撃にはまると、それすらも癖になってしまう。そして、購入した本は寝る前とか、カウンセリングの空き時間とか、移動の電車や飛行機の中などで読み漁っているのである。読みかけの本があるというのは、なんともなく幸せな気分にさせられる。しかも、読みたいんだけど、読み進むのがもったいないという名著に出会うと、それこそ、寸暇を惜しんで読みたい思いと、いやいや、ここは少し待ったほうが長く楽しめる、という葛藤を抱えているのである。こうしたエッセイなり、旅行記などは面白い上に展開が早くて面白く(なんせ、1ヶ月以上もかかった旅行をわずか200ページそこらに押し込めるわけであるから、物語の進行は早いに決まっているのである)、あっという間に読み進んでしまった。しかも、文章がうまい作家であれば、「この表現は素晴らしいなあ」という出会いもあるわけで、こうして文章を書くことも趣味ないし、仕事の一部としている私としては勉強にもなるのである。よって私はそのときはまっている作家に随分と影響を受けることにより、自分の文章の色合いが随分と変わるのである。それもまた自分なりの楽しみの一つである。