自分を好きになる | ◆根本裕幸

◆根本裕幸

恋愛や結婚、性などのパートナーシップ・家族に関する問題からビジネス、対人関係、健康・病気・死など幅広いジャンルを扱う。感情・感覚をフルに使った“目からウロコ”な心理分析や、じんわりと心に響くハートフルな癒しには定評がある。

自分を好きになる、というのは・・・皆さんにとって難しいテーマでしょうか?

以前、心理学ワークショップでこのテーマを扱ったときに、1,2割の方は「自分が好き」って答えてくださいました。
かつては嫌いだったけど、今は好きって方もいらっしゃいました。
「好き」になってしまうと、どうして自分のことが「嫌い」だったのかは忘れてしまうようで・・・なんでだろう?て不思議がっていたのが印象的でした。



* * *かつては僕も自分のことが好きじゃなくて、それが当たり前だと思ってた時代もありました。今から思えば、異様に自分に厳しくしていて苦笑してしまうんですけど、「嫌い」というよりも「好きになっちゃ駄目」ってところもあったんですね。今はどうか?というと「アイ・ラブ・マイセルフ」(←この辺で僕が恥ずかしがりやなのが分かりますね(笑))。自分のことは好きになりましたね。ナルシスなくらい。なぜか?今僕のライフスタイルは「好きなこと」が大勢を占めてます。しんどいこともあるし、泥臭い場面もあるけれど、好きなものにたくさん触れてます。好きなものリストってのをカウンセリングの中でもよく宿題に出しますし、このコラムでも触れてますけど、好きなものを持っている自分のことは好きになりやすいと思うんですね。冬の仕事帰りに飲むあったかい缶コーヒーでもいいし、お風呂上りに飲む冷たい三ツ矢サイダーでもいいし、セックスや女の子でもいいです。「好きなもんは好き」そこに素直になれると、自分のことを好きになりやすいんじゃないでしょうか。そうすると、例えばホテルの窓の向こう側が壁だったとしても、雨ばかりの毎日だったとしても、何かしら「好きなものに触れる」=「楽しもう」という姿勢が生まれます。悪いところ(欠点)もあれど、良いところ(長所)を探せるようになります。*対人関係も同じで、うまく行かないときは必ず自分か相手の悪いところばかり見ています。無意識に悪いところに目が行っちゃっても、それに気が付けば方向転換できます。「よし、いいところを見てみよう」て思い直せばよいわけです。でも、どうしても悪いところが目について離れない・・・という場合は少し根深いですね。自分が意識していない世界(潜在意識や無意識)に何らかの要因があると思います。そういう時は“手放し”。ある意味、自分ひとりではどうしようもないことを知るときです。だって自分であっても自分自身ではコントロールできない領域ですものね。皆さんも例えば手や足などはある程度コントロールできるでしょう?道を間違えたと思えば、引き返すこともできます。でも、そこで方向転換できなかったとしたら、たぶん、お医者さんに行って診てもらおうとするんじゃないでしょうか?足がいうこときかないんです・・・って。そこで無理やり足をひねってみたり、叩いてみたり、ぐりぐりやってみると余計に悪化してしまいますね。体の場合はお医者さんですけど、心の場合はカウンセラーです・・・なんて言うとうまく纏まった感じになるんですが、そうは簡単にいかないですね。お医者さんも信頼できる相手じゃなきゃ診せようとは思わないように、心なんて元々目に見えないものなので尚更信頼が大切です。だから、家族でも友人でもいいし、そこで「誰に頼ろうか?誰に助けを求めようか?」って考えてみることが抜け出せない場合の処方箋になると思います。*そして、自分を認めてあげることも自分を好きになる秘訣です。認めるのは自分自身です。周りの人がどれだけ褒めてくれても、認めてくれても、自分がそれを認めなければ意味ありませんよね。そこでは「自分なりに」がキーワード。うちの奥さんも自己嫌悪が強い人で、ケンカすると「私のこと邪魔なんでしょ?」って良く言ってました。自分のことが嫌いだから、いつかは私のことも嫌いになっちゃうんでしょ?という意味から。僕はそういう風に思ってないんですけど、奥さん自身はそう思ってしまうんですよね。だから、僕の言葉の端々にそれを見つけようとしてました。でも、最近そういうこと言わなくなってきたなあ・・・と思っていたら、「育児頑張ってるもん」とのこと。頑張ってるのは育児だけじゃないくせに・・・と思いつつも、少なからず自分を認められるようになってきたことは良いことです。(家庭の平和のためにも・・・)社会では結果を求められることも多いし、結果で判断されたり、評価されたりしますけど、結果はあくまで結果です。結果と言うのは絶対的に見えるけれど、心からすれば「自分がどう捉えるか?」によっていくらでも変わる不安定なものなんですね。ずるしてうまく行って評価されても、ほっとするだけで嬉しくはないはずです。その誤魔化してしまった自分が心の中に引っかかります。本当の自分は良く分かっていますし、ちゃんと知っています。でも、自分なりにベストを尽くせたと思ったら、結果が伴わなくても充実感を得られます。そして、そういう時って必ず「次はまた頑張ろう!」って思えます。だから、「自分なりに」という点にフォーカスを当てれば、僕がよく出す宿題は「今日の自分を5個褒めてあげよう!」とか「今週の私に何かご褒美を買ってあげよう!」という形になります。*「好き」ってのは感情で、変わり行くもので、また100%もありません。僕も自分自身が好きだと思うところもあれば、いまだにイヤだなあ~と思うところもあります。100%を目指す必要はないと思うんです。それを目指したら疲れますよね。大切なのは、好きなところ、嫌いなところをきちんと知っておく(受け入れておく)ことだと思います。好きが100%もこれまた危ないと思うんです。盲目になっちゃってる可能性もあるし、そもそも成長の余地がなくなってしまってます。イヤだなあ~という感覚は、自分を成長させてくれる“のりしろ”のようなものですね。いわば“余った生地”のようで、ゴミにすることもできるけど、生かすこともできる代物です。*自分に対して「嫌い」だけじゃなく、「好き」な方向にも目を向けられるようになると、心に覆いかぶさっている鎧から解放されていくのではないでしょうか?そうすると「嫌い」だったことを忘れられるくらい「好き」なエネルギーに満たされるようになります。それはとても自由を感じられる時間になるはずです。