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(1)和解報告①(シックハウス)
最近、さいたま地裁において、シックハウス事件の和解が成立した。
秘密条項がついている関係で、詳細な報告はできないが、担当弁護士からヒヤリングしたポイントを報告する。
(事案の概要)
平成9年11月の契約、木造2階建ての建物。
引き渡しは平成10年5月。
業者は、地元の工務店であるが規模はそれほど小さくはない。
(業者の主張の骨子)
① 化学物質過敏症の医学的評価が確立していない。
② 化学物質過敏症の診断基準が医学雑誌に掲載されたのは平成10年3月28日である。
③ 化学物質過敏症の発症は各人の環境的要因、遺伝的要因、老化要因に関係し、同一条件であっても発症する人としない人がいるから予見可能性がなかった。
④ 新建材を一切使用せずに一般の住宅等を建築することは実務上不可能である。
⑤ F2等の部材は当時としては一般的な部材であった。
⑥ シックハウスに関する法規制が始まったのは平成15年7月1日である。
⑦ 健康住宅研究会の冊子は、平成10年3月付で作成され、同年6月頃に配布されたものである(引き渡し後の配布である)。
(和解の評価)
予見可能性(過失)の議論は判決の際の判断は微妙だったとのこと。
金額は伏せるが、裁判所の強い和解勧告で和解が成立した事案のようである。
(2)和解報告②(シックスクール)
平成16年3月2日、大阪地方裁判所においてシックスクール訴訟の和解が成立した。
全国初の訴訟、全国初の裁判上の和解事例である。
(事案)
I君は、大阪府下にある私立のK学園に入学した。
K学園は中学・高校一貫教育で、ラグビーで全国的にも有名なところである。
I君は、自宅のシックハウス問題により、化学物質過敏症に罹患していた。
I君の場合は、皮膚のアトピーや倦怠感が特徴的だった。
学校の生徒や教師の整髪料や喫煙などによる気分の悪さから、満足に授業を受けることができなくなり、I君は医師の意見書等を提出し、学校に理解を求 めたが、教師から「けったいな病気やな」「やる気のない者は教室から出て行け」と罵られたり、暴行を受けるに至った。
そのため、I君はPTSD(心的外傷 後ストレス障害)となり、高校2年の途中から全く学校に登校できなくなった。
そればかりか、K学園はI君に対し「化学物質過敏症を治さなければ復学を認め ない」とまで文書で送ってきた。
事実上の退学処分である。
そこで、I君は平成15年4月、K学園を相手に慰謝料を求める訴訟を大阪地方裁判所で起こした。
(争点)
化学物質過敏症の生徒に対する学校の対応が適切だったか。
文部科学省は平成13年1月に教育委員会・学校関係者に対し「化学物質過敏症の児童生徒に対して個別の配慮を行うよう」という通知を出しているが、この通知がでてからも一向に「個別の配慮」が行われていないのが実態で、K学園もそうだった。
(和解内容)
① 在学契約の合意解約に関する条項
② 被告K学園は、当初、化学物質過敏症の症状に対する理解が不足した対応により、原告Iに対して不信感を持たせたことにつき、文部科学省が定める学校環境衛生の基準を充たしているとはいえ、残念な事態に至ったことについて、遺憾の意を表する。
③ 被告K学園は、本件訴訟の提起を受け、平成15年4月中旬に設置したシックスクール対策委員会により、平成13年1月29日付け文部科学省通知等 をふまえた諸検討及び専門家による研修会の実施を、今後とも引き続き行うこととし、それらを十分に活用して、教職員による生徒の教育及び指導の研鑽に努め るものとする。
④ 被告K学園は、原告Iに対し、本件和解金として、200万円の支払い義務のあることを認める。
(和解の評価)
① 学校の対応に化学物質過敏症に対する理解不足があったことを正面から認めたこと。
② ①に対して学校が遺憾の意を表した上、見舞金としての性格を越える金額の解決金を支払ったこと。
③ 訴訟を契機に学校内に「シックスクール対策委員会」を設置するに至り、和解後もシックスクール対策に引き続き取り組む姿勢が示されたこと。
④ 以上は、我が国初のシックスクール訴訟において、今後につながる重要な成果を勝ち取ったものと評価される。