建坪15坪の木造住宅は、棟上げ、屋根工事までは業者に任せ、内外装工事は自分たちで、1年半かけて仕上げた。当初から「無電化住宅」を考えていたので、開口部を広く取るなど採光に配慮。
必要な電力は最小限にとどめ、いわゆる「白物家電」は洗濯用の脱水機だけ。
1.2ワットのLED電球8個と、大工仕事に使う電動工具、スマホの充電などはソーラー発電で賄う。あまりの徹底ぶりに、娘のさちさんからはこんな本音も。
「環境にも健康にもいいのはわかりますが、トイレは臭いし……。両親はいいでしょうが、私はもう少し便利な暮らしがしたいです」
実は下田家は以前、埼玉県内のごく普通の住宅街で「オール電化」の家に住んでいた。
「25年前に建てた家で、ソーラー設備付きなので電気料金が0円と安上がりでしたが、電磁波について調べるうちに、幼い子供への影響が怖くなりました」
さらに3.11後の計画停電で、オール電化の脆さを痛感した。
給湯器が動かず風呂が使えない、IHなので調理もできないなど、「まるっきりなにもできなかった」という。
2人の娘が飯能市の私立中学に進学するのを機に、電力に頼らない家を求めて近隣で古民家を探した。
しかし売りに出ている物件はなく、ゼロから理想の住宅を建てることになった。
下田家のエネルギーの大半を担うのが、薪ストーブだ。
ガスや灯油も使用しないので、災害時には特に強みを発揮する。
しかし一方で膨大な薪が必要だ。
「1年で使う薪は軽トラック20台分ほど。近隣の森林ボランティア団体の活動に参加して、間伐材をもらってきたり、近所の製材店から、軽トラ一杯500円で端材を譲ってもらうなどして賄います」
地元民や移住仲間との交流が、今の暮らしを支える力になっているという。
妻の洋子さんも地元で開催される朝市などのイベントを通して、自家製クッキーなどの販売をしている。
「人と関わらなければ暮らしは回りませんが、それこそがこの生活の楽しみですね」(洋子さん)
さらにワイルドな「東電フリー」生活を満喫しているのが、埼玉県秩父市の新井亮介さん(29)だ。
「82坪で20万円。軽トラを買うよりも安かった」と本人も笑うほどの格安で土地を購入。
ほぼ一人、独学で昨年建てた小屋に暮らす。
「全部で100万円かかってない」という家には、電気、ガス、水道はナシ。
川の水を生活用水とし、飲料水は近所の道の駅で汲んでくる。
煮炊きはたき火とカセットコンロ。
トイレはブルーシートで囲ったバケツで済ませ、風呂は近所の銭湯へ。照明と、携帯などの充電は、ソーラーパネル2枚で賄う。
オンラインでネットにもつながっているが、
「『電気がない家に光回線を引いたのは初めて』と、電話会社の人が呆れていました」
普段は9時5時勤務のサラリーマン。
車で約40分の水源管理会社でダムの保全を担うが、休日は猟師となって山野に獲物を追う。
最近は婚約者の青木翔子さん(28)が、武甲山の登山口に開店したカフェ「LOGMOG cafe&shop」の隣に建てる新居の建築に忙しい。
婚約者の目に、彼の小屋住まいは、どう映っているのか?
「私もどちらかというと都会的な『モノを持ってナンボ』の世界に疑問を感じていたので、なににも縛られない生活を実行している彼が、東京の男子より断然、頼もしく見えます。トイレだけはいただけませんが」
そもそも新井さんが小屋暮らしを始めたのは、モノの少ない生活に憧れたためだ。
県内の実家に住んでいたころ、「自分の部屋なのに、自分の動けるスペースが狭い」と思ったのがきっかけだった。
それから洋服や靴、雑貨を捨てる「断捨離」を始めた。
引っ越し時の荷物は、軽トラ1台分にも満たなかった。
現在も、冷蔵庫、テレビ、エアコンは持たず、代わりに冷たい飲み物はコンビニへ、テレビが見たくなったらラーメン店へ、猛暑日は図書館でやり過ごす。
いわば徹底的な「断捨離」の結果が、「東電フリー」の小屋住まいだったわけだ。
小屋の維持費は、固定資産税が年間7千円。月の生活費は5万円程度だ。
「新居を建てたら、のんびり子育てして過ごしたいですね。本来、定年してからやることを、やってしまいましたから」
「而立」の年を前に、早くもセミリタイアにシフトしつつある新井さんであった。
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日本の電力需要は戦後、ほぼ一貫して増え続けてきたが、節電意識が高まった東日本大震災以降はその伸びは鈍化傾向にあるという。
震災以降、東京電力管内では電力使用量が約600万キロワット減少した。
「電力会社と契約しない」「契約を解除する」には、相当な覚悟が必要だ。しかしソーラー発電の普及により、電力会社に頼らずとも照明や情報端末の充電など、最低限の電力を確保することが可能になった。
戸建て住宅の太陽光パネル導入は16年度に200万件を超えた。背景には、家庭用の太陽光発電システムの設置費用の低下がある。
1キロワットあたりの設置費用は11年に50万円前後だったのが現在では30万円程度となり、4割程度下がっている。
「東電フリー」の暮らしは、意外と身近なところにあるのかもしれない。(ライター・中山茂大)
※週刊朝日 2017年11月3日号
runより:東電に頼らずに暮らせるのはいいですが電磁波問題は全く解消されそうにないのがイマイチですねぇ。