・6.7 討議
MCSとその背後にある機序との因果関係に関する問題は、よく知られた”ブラック・ボックス”の状況に似ている。それは下記のように述べることができる。
A. 人が最初に曝露するもの
B. 人がMCSになった時の症状
しかしA.とB.との間の関係が分からない。以前には問題のなかった化学物質に曝露した時に、どのような機序が症状を進展させるのか?
MCSに関する進展は2段階であるように見える。
最初は曝露段階であり、曝露した人の大部分は永続的な影響は受けない(彼等は化学物質に対し過敏にはならない)。
次に引き金段階となり、最初に曝露した人々のうち何人かは、低濃度の引き金物質に曝露すると症状がでる。
症状に苦しんだ人のうちの少数は回復する。
曝露の条件
多くの研究者たちが上述の進展に言及しているが、可能性ある病気の機序の展開の2つの段階を明確に区別した調査はない。
このことは、初期の段階で起こることは次の引き金段階で起こることと非常に異なるように見えるので、注目すべきことである。
ある人々は初期段階で化学物質不耐性になる。
このことは高濃度の化学物質に曝露する、又は重大ななウィルス感染にあう(例えば、大人の流行性耳下腺炎)、又はトラウマの心因性ショックを通じて起こり得る。化学物質不耐性にいたる機序を述べたり、又は感染又はショック/トラウマの重要性を議論した研究成果は存在しない。
引き金段階においては、非常に低濃度の化学物質が症状を引き起こす。
本章で扱う研究報告は引き金段階の機序を扱っている。
ベルの理論によれば、初期曝露による影響(化学物質不耐性)は、その後の長期間にわたるより少量の反復曝露によっても起きることがある。
この仮説は初期段階及び引き金段階の現象の組み合わせに基づいているように見える。
多くの研究者はMCSの背後の病気の機序の仮説の中に同様な概念を含めている。
機序
MCSの最もそれらしい仮説のひとつは、大脳辺縁系の脳中枢からの複合反応というものである。
様々な機序が、いかに低濃度の化学物質が脳中でこの反応を引き起こすかについて、説明できるかも知れない。
免疫学的機序があり得るが、変化の統合的なパターンが、個人の間、及び個人の中の両方で欠如している。
鼻の粘膜及び匂いに過敏な神経繊維に基づく機序もまたありそうに見える。
いくつかの研究結果が、嗅覚からの神経インパルスへの脳の反応、又は、鼻の粘膜中の神経細胞からの生物学的活性物質の放出に基づく機序を指摘している。
嗅覚-大脳辺縁系の神経感作がMCSのもっともらしい説明-微小用量の化学物質が長期間に渡って脳の大脳辺縁系からの増大して変化した応答を引き起こすことができる-を与えている。
”大脳辺縁系キンドリング”に関するベルのモデルはMCSの記述に合致し、脳の神経生理学的機能に対応している。
最後に、MCSは毒性機序に基づいているかもしれない。
有機溶剤に関する文献は、毒性脳障害のある人々の中において影響を受けている脳の大脳辺縁系の記述を含んでおり、毒性機序の関与を仮定している。
本章は、有機溶剤の有毒用量へ曝露した人々のMCS又はMCS様状態を記述している多くの研究報告からの結果を紹介している。
ある人々のMCSが心因性の原因又は精神医学的なものなのか、逆に言えばMCSが心因性症状の原因なのかを、立証する又は反証することはむずかしい。
心因性障害の存在はMCSに寄与することができる。
心理学的障害がある人々の環境影響に対する感受性を増大することができるということは、よく報告されている(個人の増大された感受性)。この心理学的な要素はMCS患者の”引き金”段階とともに初期曝露の間にもひとつの役割を果たす。
この仮説は、恐怖や鬱に陥りやすい人々は、化学物質に曝露した時に、他の人よりもMCSになるリスクが大きいということを意味する。
MCS研究者の大きなある組織は心理学的機序が時にはMCSへの引き金となり得るということに同意はしているが、全ての場合ではないとしている。MCSと心理学的要素の間にある関係が存在するが、その二つの間に直接的な因果関係があるということではない(Graveling, 1999)。
条件反射、特に特性と応答のパターンはMCS応答に対応していない(例えば、4.1.1項で述べたトンネンルの作業者)。
溶剤に曝露しているデンマーク人の匂い過敏症の背後にある機序が条件反射のためかどうかは議論の余地がある。もしそうならば、曝露自身がトラウマ的な経験である。
このことの可能性はあり、デンマークのある産業医たちは、匂い過敏症の説明としてこの機序を支持している。
しかし、デンマークの調査でこの仮説を裏付けるものはない。毒性脳障害を持つ2人に関するオーバック(1998)の調査は他の機序を指摘している。
バンデンバーグら(1999)は、MCSの機序は条件反射であると見なしたが、MCSの全ての症例の背後にある基本的な機序ではあり得ない。
ほとんどの人々が、心因的機序と身体的機序の混合が病気の背後にあるということを受け入れている。
現在は、何人かの研究者たちは、MCSの背後にある機序として、心理学的、生理学的、及び他の(社会的)要素間の相互作用に言及している。
この仮定に基づき、MCSに関連する症状のパターンは、嗅覚系及び他の脳中枢(小脳扁桃及び視床下部)への生理学的-心理学的影響によって生成されると仮定される。
鼻における主要な変化、神経感作、及び心理学的機序を含むいくつかの機序の組み合わせが影響の機序として熟慮されなくてはならない。
匂い過敏性をもった人々の中での様々な発見は、我々の中のあるグループは生まれつき又は後天的に環境要素に過敏になる能力を得ているということを示唆している。
ベル(1995)は、低濃度の化学物質は、遺伝的に情緒的な病気にかかりやすいかもしれない特に感受性の高い人々に身体的及び心理学的症状を作り出すという意見である。
この仮説は精査されていないが、多くの研究結果はこの理論を間接的に支持している。
もし、それが正しければ、同じ化学物質に曝露した人々の任意に選択されたグループの中で、このグループの中のサブグループのある人々は他の人々よりもっと強く反応するであろう。
彼等は化学物質の影響に、より感受性が高く、従ってMCSになる候補者であることを証明するであろう。
オリン(1999)は、我々現代世代では環境影響に感受性が高い人々の数が増えているという意見である。
この変化の最も重要なひとつの要素は、人々が受ける感覚インパルスと影響が増大してきており、それらはすでに受けている化学的、技術的、及び心因性の環境要因に追加されるということである。
多くの人々は新たな影響に適応できず、MCSに関連したよく知られた不特定の健康の不具合を進展させる。
オリンはこれらの訴えの原因は心理学的よりも生物学的であると見なしている。
6.8 結論
MCSに関連する原因と機序の明確な知識と科学的な文書はまだ存在しない。記述された機序で除外されているものはない。
現在、ほとんどの研究者は下記の点に同意している。
機序は、ひとつあるいはそれ以上の生理学的及び心理学的要素の相互反応に基づいている。
MCSは主に、他の人々より外部環境影響に容易に反応しやすい人々の中に見られる。
次の仮説を提唱することができる。:
MCSの背後にある病気の機序は、特に病気に罹りやすい人々に関し、脳中枢への生物学的及び心理学的な両方の影響に関連している。