・11.3. MCS における臭いに対する脳の反応と症状の出現
諸外国では 50 年以上にわたり、MCS の病態解明に関する研究が行われてきました。
MCS の発症や症状の増悪には、免疫システム、中枢神経システム、嗅覚や呼吸器システム、代謝能の変化、行動学的な条件付け、情動制御等の関与が示唆されてきました。
MCS を呈する患者は、特に、臭いに対する反応が過敏であるのが特徴です。
MCS が化学物質のばく露強度の高さなどの特性では評価できないとする報告もありますが、臭い負荷(臭いの閾値以上の濃度の化学物質を嗅覚にばく露)による脳機能イメージング評価が近年行われてきました。Orriols らは臭いの閾値以上の濃度の塗料、香水、ガソリン、グルタルアルデヒドをチャンバー室内で MCS 患者が症状を訴えるまで全身ばく露させ、MCS 患者の症状が持続している間に脳機能イメージング評価を行ったところ、神経認知の問題がとりわけ脳の臭いの処理領域で観察されており、MCS では病因には脳神経が関与している可能性が示唆されました。
Hillert らはバニリン、アセトン、ブタノールと植物油の混合物、Azuma らは香水、ヒノキやメントールによる臭い負荷試験を行い、MCS を呈する患者の前帯状皮質や前頭前皮質における神経の活性化を観察しました。
前帯状皮質は、前頭前皮質等と接続して刺激のトップダウンとボトムアップの処理や他の脳領域への適切な制御の役割を担っています。
従って、過去の臭い刺激による記憶が前頭前皮質や前帯状皮質等に認識され、その後の臭い負荷では、そこからのトップダウン制御が中枢神経系等に作用し化学物質過敏症患者でさまざまな症状を引き起こしているのではないかと推測されています。
このような臭い処理プロセスでの反応は、脳における認識や記憶にも関連しており、臭いを嗅いだときに作用する物質とそうでない物質の違いを区別できると生じると考えられています。
このことは、このような反応の作用機序が何らかの化学物質そのものに特有なものというよりも、化学物質ばく露などの過去の出来事などに基づくものに関連しており、多種類の化学物質に反応することも、このような作用機序が関係しているかもしれないと考えられています。
このことに関連して、近年、Nordin らのスウェーデン等の北欧と日本の Azuma らは、化学物質が刺激となって生じる感覚モデルに注目しています。
このモデルでは、有害と認識された物質に対する大脳辺縁系を介した作用機序に着目しています。