・監訳者序文
本書は、2014 年6 月から10 月に相次いで英文で発表されたW.I.A.を、ネオニコチノイド研究会が日本人の研究者向けに監訳したものです。
同研究会はネオニコチノイド系殺虫剤の環境中毒をテーマとする群馬の青山医師と私の共同研究から発足した会で、幸い多くの学際的な研究者の参加をいただき、2012 年からはTFSP に参加し、その中の公衆衛生作業部会で浸透性殺虫剤の健康影響について国際的な情報の共有、研究協力を行っています。
W.I.A.は浸透性殺虫剤について未だかつて他の殺虫剤では行われたことがない圧倒的な量と質の研究成果をまとめた画期的な業績で、根底をなす思想は予防原則です。
欧州は、植物を害虫から守る際に、毒性の強い物質、特に残留性があり飲料水や地下水汚染を引き起こしたり、標的外の生物に影響を及ぼしたりする可能性のあるものを使用しないよう定めています。
浸透性殺虫剤がそれに該当するのではないかと疑いTFSP が活動を開始した後、欧州は一部の使用に対し暫定的な禁止措置をとりました。
今後それを時間的・空間的に拡張すべきかどうかの議論にW.I.A.は重要な役割を担うことでしょう。
また別な見方をすれば、W.I.A.は世界的な浸透性殺虫剤研究の動向の報告です。
日本はいくつかの先端的な研究で貢献しているものの、環境汚染の実態調査は少ないことが読み取れます。
今後日本で調査が行われる際に、本書がよい道標となると信じています。
TFSP およびW.I.A.の名称の一部をなすsystemic pesticides に対し浸透性農薬ではなく浸透性殺虫剤という訳語を採用したのは以下の三つの理由によります。
第一にW.I.A.が取り上げたsystemic pesticides はネオニコチノイド系殺虫剤とフェニルピラゾール系殺虫剤フィプロニルで、今後これらから派生した物質が除草剤や殺菌剤としても使用される可能性はあるが、現時点では専ら殺虫目的に使用されていること、第二にpesticide は害となる生物(pest)を殺すもの(cide)という意味で、殺虫剤、殺菌剤、除草剤、殺鼠剤などの総称だが、原義に忠実な日本語はないこと、第三に農薬とは農業目的に使用されるpesticide を指す言葉で、本文にあるごとく農業以外の目的にもsystemic pesticide はその総使用量さえ把握されないまま大々的に使用され、農薬という言葉で単に農業での使用の是非のみを問うだけでは解決に結びつかないかもしれないこと、です。
その他の訳語、訳文の不備な点やW.I.A.の内容についてのコメントはtfsp.phwg@gmail.com までご連絡いただければ幸いです。
最後になりましたが、本事業に助成いただいたアクト・ビヨンド・トラスト様、決して平易とはいえない英文を短期間で下訳していただいた方々、ご多忙中査読に貴重な時間を割いていただいた専門家の皆様、その他ご協力いただいたすべての方々に深く感謝申し上げます。
これを機会に日本で浸透性殺虫剤への関心が深まり、より適切な施用について広く議論されることを願っています。
2015 年4 月吉日