BPA が警鐘を鳴らす
消費者暴露について、現在最も熱い論争にある化学物質は BPA である。BPA は、 食品缶詰の内面ライニング、現金レジや ATMs での感熱紙の表面処理等、数えきれない用途で使用されている。
環境中の BPA の典型的なレベルでの有害健康影響の科学的証拠は数多くあり、多くの製造者や小売業者は公衆の懸念に対応してその製品を代替物質に替えているが、連邦政府規制当局はいまだにこの化学物質の使用制限に抵抗している。
BPA は美容師が経験するようなホルムアルデヒド暴露(訳注11)又は機械工の塩化メチレン暴露(訳注10)のように即座の急性影響を引き起こすわけではない。
しかし、実験室での動物テストで、BPA は内分泌かく乱物質であることが知られている。
構造的に天然ホルモンに似ている内分泌かく乱物質は、正常な細胞プロセスを阻害し、異常な生化学反応を起こすことができる。こ
れらは、がん、不妊、及び代謝系と神経系障害を含む多くの健康問題を引き起こすことができる。
BPA はまた、心循環系疾患、糖尿病、そして肥満のリスク増大と関連している。
BPA は安全であるという考えを推進するために、産業側は日常的に政策決定者にロビー活動をし、消費者を”教育”している。
しかし、広く議論されていないことは、BPA の環境的に典型的なレベルからのリスクを示す研究を軽んじる PBPK 研究を産業側がいかに支持しているかということである。
これらの疑義を生じさせる研究の多くは、その経歴をライト・パターソンでなされた PBPK 研究に関連づけることができる研究者らによってなされている。発表された批判の中で健康影響研究者ら-それらの中でも Gail Prins 及び Wade Welshons -は、これらの PBPK モデルが正確に BPA 暴露を反映しない多くの方法を詳細に示した。
PBPK と内分泌かく乱
我々の体の化学物質への反応についての理解の進展は、過去数十年間にわたり、PBPK モデルに織り込まれたものを含んで、従来の毒性学の仮定に異議を唱えてきた。
このことは内分泌かく乱物質について特に真実である。
内分泌かく乱物質と健康問題との因果関係を正確に指摘することは難しい。
我々は現在、早期の-胎児期であっても-内分泌かく乱物質への暴露は成人になってからの病気の原因となり得ることを知っている。
さらに加えて妊婦の暴露は彼女の子どもだけでなく、孫にまで影響を及ぼすかもしれない。これらの世代間の影響は動物実験で報告されている。
古典的な人間の証拠は、1940年代、1950年代、及び1960年代に流産防止のために処方された薬である DES の被害者からのものである。
この内分泌かく乱物質を取り込んだ女性の娘は生殖器がんになったが、また予備的研究は、彼女らの娘はがんとその他の生殖問題に大きなリスクを持つかもしれないことを示唆している。
”世代間の作用は途方もないことである”と、オースチンにあるテキサス大学薬理学部で Vacek Chair を持ち、また影響力のあるジャーナル『Endocrinology』を編集するアンドレア・ゴアは述べている。
”それは、あなたが今、暴露しているものではない。それはあなたの祖先が暴露したものである”。
さらに PBPK モデルを複雑にするのは、まさにホルモンのように作用するホルモン擬態化学物質は一兆分率(ppt)という低濃度で生物学的影響を持つことができるということである。
さらに、環境暴露はのほとんどは、しばしば単独ではなく、混合物として起きる。そして、個人はそれぞれ違った反応をするかもしれないということである。
”PBPK は内分泌かく乱の現実をとらえていない”。
モデル製作者らは”いまだにひとつの化学物質暴露はひとつの暴露経路をもつということについて質問しているのだから”と、最近亡くなった発達生物学者ルイス・ジレットは In These Times に述べた。
健康影響研究者ですら、混合物の影響は幼少時代に出ると理解している者がいる。
内分泌かく乱がどのように PBPK モデルで表現できるかということについての論争は、規制毒性学者らと健康影響研究者らとの間の不安を強めた。その緊張は特に、いくつかのジャーナル編集者がいかに産業側の見解に特権を与えているかを明らかにした最近の一連の出来事によって、よく示されている。
きわめて重大な論争
2012年、世界保健機構(WHO)と国連環境計画(UNEP)は、規制を全世界に伝えることを意図してひとつの報告書を発表した(訳注12)。
その著者らは、内分泌かく乱研究の長い経験をもつ健康影響研究者らの国際的なグループであった。
”[内分泌かく乱物質]が重要な役割を果たしているように見える病気が世界中で増加しており、将来の世代もまた影響を受けるかもしれない”とし、その報告書はさらに続けて、これらの病気は人間にも野生生物にも見られ、男性と女性(オスとメス)の生殖障害、男と女の赤ちゃんの出生数の変化、甲状腺と副腎障害、ホルモン関連のがん、及び神経発達障害を含むと、述べている。
毒性学者らからの反発が直ぐにあった。
その後数か月にわたり、EU が内分泌かく乱物質に関する規制上の意思決定をする準備をしていた時に、14人の毒性学ジャーナルの編集者らは、 WHO/UNEP の結論を激しく批判する同じ論評をそれぞれが発表した。
その論評は、EU が内分泌かく乱の枠組みを採択しないよう求める70人以上の毒性学者からの書簡を含んでいた。
その書簡は、 WHO/UNEP 報告書は、その科学は”全ての蓄積された生理学的理解に反する”ものであるから、 WHO/UNEP 報告書は方針を伝えることを許されることはできなかったはずだと述べた。
この論評の後に、さらなる攻撃が行われた。
ジャーナル『Critical Reviews in Toxicology』に発表された一つの批判は、米国化学工業協会(ACC)により資金提供され点検されていた。
これらの論評は、健康影響研究者らを激怒させた。
20人の内分泌ジャーナルの編集者、28人の副編集者、及び56人のその他の科学者ら-何人かの WHO/UNEP 報告書の著者らを含む-は、”それは内分泌系がどのように作用するか、及び化学物質がその正常な機能をどのように阻害することができるかの基本的な原則に基づいていないので、・・・と述べる内分泌科学への拒絶的アプローチは根拠がない”と述べ、『Endocrinology』中の声明に署名した(訳注13:健康影響研究者らの反証関連情報)。
『Endocrinology』の編集者アンドレア・ゴアは、 In These Times に彼女と他の健康影響研究者らは科学的に示された内分泌かく乱物質の危険性は議論の対象であるとは思わないと述べた。
”規制毒性学者と、私が内分泌科学を理解していると言及した人々との間には、基本的な相違がある”。
この議論の結果と、アメリカ及びヨーロッパの将来の規制のための毒性テストの構造はまだ明確ではない。
EPA は内分泌かく乱を PBPK モデルに導入しようと試みているように見えるが、そのモデルの限界と内分泌影響の複雑さのために、多くの科学者らはそのプロセスが信頼性ある結果をもたらすということに懐疑的である。
科学から行動へ
複雑な言葉で述べられているが、これらの論争は学究的なものではなく、公衆の健康にとって重大な影響を持つ。
代謝系、生殖系、発達系及び神経系の問題を含む内分泌かく乱物質への暴露に関連した障害や疾病は、広範に及び増加している。
アメリカの成人の約20%がメタボリック症候群の5つの指標である肥満、糖尿病、高血圧、高コレストロール、及び心臓疾患のうちの少なくとも3つをもっている。
子どもの行動障害及び学習障害を含んで、神経系問題は、パーキンソン病とともに、急速に増加している。
男性と女性の両方とも出生率は減少している。世界的に平均精子数は過去50年間に50%減少している。
科学者らは一般的に行動主義を敬遠するが、化学物質規制に関しては策謀と慣性でパンチを食らわせるために行動が必要であると多くが信じている。
マウントサイナイ(医科大学)予防医学、産婦人科、生殖医学教授のシャーナ・スワンは、化学物質暴露における最大の削減のいくつかは産業と政治家の両方への消費者の圧力によって生じたと述べている。
または、カリフォルニア大学のブルース・ブルームバーグは、”我々は戦いを仕掛ける必要があると思う”と述べている。
内分泌学会は、2015年9月28日に発表された声明の中で、これらの公衆健康影響に目を向けることの緊急性を強調した(訳注14)。
驚くべきことではないが、産業側はこの科学を”根拠がなく”、”まだ証明されていない”と呼んで、同意しなかった。
一方、PBPK 研究は、内分泌かく乱物質の有害な健康影響について疑わせる種を撒くことに成功を続けている。
彼らの極めて狭い焦点は、規制を行う前にもっと多くの研究を求める結果をしばしばもたらす狭い結論に導く。規制の決定において、”仮定とは、もし我々が何かを知らなくても、その仮定は我々を害することがないというものである”とマサチューセッツ大学アマースト校の生物学教授 R. Thomas Zoeller は述べている。
言い換えれば、有害性を証明する立証責任は健康影響研究者にあり、安全性証明する立証責任は産業側にはなく、有害性を証明することは、特に他の科学者らが疑いの種をまいた時には難しい。
しかし、時計は回っている。ワシントン州立大学の遺伝学者 Pat Hunt は In These Times に、”もし我々が[規制を決定するために]無理やり人間のデータという形で”証明を待つなら、生物種としての我々にとって遅すぎるかもしれない”と述べた。
この調査は、Leonard C. Goodman Institute for Investigative Reporting による支援を受けた。
Valerie Brown and Elizabeth Grossman
バレリ・ブラウンは、環境健康、気候変動、及び微生物学を専門とするジャーナリストである。
2009年、彼女は環境ジャーナリスト協会からエピジェネティックスに関する彼女の著作で栄誉を受けた。エリザベス・グロスマンは、科学と環境問題を専門とする栄誉受賞のジャーナリストである。
彼女は、”Chasing Molecules”,”High Tech Trash” その他の本の著者である。