第三章 病的疼痛における神経の可塑性
過敏性獲得、自覚的健康の訴え、および持続する覚醒
Sensitization, subjective health complains, and sustained arousal
H Ursin, HR Eriksen
本論文の目的は過敏性獲得は多種類化学物質過敏症だけではなく、もっと多くの自覚的健康障害とされる一連の疾患も、精神的基礎にあることを明かにすることである。
これらの状態では、持続する覚醒や持続するストレス反応が重要な発症因子である。
他覚的所見もなく、自覚症状のみを示す患者に対して「適当な診断名」や「説明不能の症候群」としてこれらの状態が扱われている。
多種類化学物質過敏症、流行性疲労、慢性疲労症候群、消耗、ストレス、複合中毒、環境病、放射線、食物不耐性、機能性消化不良、過敏性腸炎、筋痛性脳炎、ウイルス感染後症候群、ユッピ-感冒、生体消耗症のような名前が付けられている。
これらが一つの関連疾患か、それとも別個の疾患群かが問題である。
今一つの問題は、過敏性獲得はこれらすべての疾患の精神生物学的な機序であるかである。
さらに持続する覚醒は、神経回路に過敏性獲得の発症を促進する可能性があるのであろうか?。
本展望では、筋痛、骨格痛に主眼を置いた。
この痛みというものは、病気の補償行為や、作業不能性のための最もしばしば認められ、また最も贅沢なものである。
とはいえ、他の訴えもこの範疇に入るであろう。
ヒト中枢神経における急性および持続性疼痛の出現:本態性多種化学物質過敏状態の強力な説明
Representation of acute and persistent pain in the human CNS: Potential implicationsfor chemical intoleranceP Rainville, M C Bushnell, GH Duncan
痛みの研究は種々な意味で本態性多種化学物質過敏状態の研究の助けになると思われる。
他覚的な所見が得にくい症状であるが、痛みは本態性多種化学物質過敏状態ではしばしば認められる症状であり、他の多くの症状と同様に自覚的な症状として挙げられている。
しかしさらに、持続する痛みや異常な痛覚反応の発生の基盤となっている中枢神経の可塑性変化は環境化学物質に過敏に反応する症状の発生との類似性もある。
ヒトの機能性脳画像の研究では、痛覚刺激により引き起こされたは急性の痛みの感覚は大脳の広範囲のネットワークの活性化を伴うことが分かってきた。
その部位としては、視床、体性感覚の、Reil島の、そして前帯状領域の脳が含まれる。
この領域の異常な活動は、多数の患者で末梢や中枢の障害時に痛みを伴ってくる(神経症痛)。
正常人でも、この領域の活動は自覚的な痛みの感覚に関係しており、催眠や注意集中のような認識力の大いに干渉され、情緒によっても影響される。その他、期待のような認識力を伴う要因は痛覚に強大な影響を及ぼす(例えばプラセボにようる無痛化)。
これらの効果は、高次大脳構造と脊髄下降性の痛みの活動に依存しているように思われる。
これらの精神的な過程は、臨床での痛みを軽減をさそい、急性の痛みから持続性の痛みへの移行での中枢神経の役割を減らしたり、促進したりして痛みを軽減できるかもしれない。
自覚的な症状に対する中枢神経の研究は、持続性の疼痛状態の発症に高次中枢神経/心理学的過程が変動や変質を加えているいる可能性を追求することが必須である。
これらの因子がまた本態性多種化学物質過敏状態の症状出現に関与しているかもしれない。
痛みの反応の過敏性獲得における神経伝達物質の役割
Role of neurotransmitters in sensitization of pain responses
W D Willis JRキャプサイシン(トウガラシの成分――訳者注)の皮内注射は痛みを引き起こす。一次的な熱や、機械的刺激に対する痛覚過敏、そして二次的な異疼痛(普通は痛くない刺激で痛みを感じることーー訳者注)や痛覚過敏が生じる。
二次的な異疼痛や痛覚過敏が生じている部分の感覚受容器は障害されていない。
そのために、この二次的な感覚器の変化は、キャプサイシン注射により引き起こされた最初の強力な痛みを受容できるような中枢神経の刺激放出によるに違いない。
脊髄―視床路神経の反応の中枢神経の感受性獲得は数時間持続する。
しかし、この過敏性は非NMDA(N-methyl-D-asparate ― ― 訳者注) やNMDAglutamate 受容器拮抗薬、そしてNK1 サブサタンスP 受容器拮抗薬の脊髄投与によって予防できる。
脊髄―視床路の細胞の長期に持続する刺激性亢進は、種々な二次的なメッセンジャーのカスケイド反応系(PKC、PKA、そしてNO/PKG 信号伝達経路)の活性化によるものである。
また、被刺激性の変化はカルシュウム/カルモデュリン依存性カイネ-スII の活性化にもよる。
この酵素は中枢神経の感受性獲得の長期持続性であることの確実な証拠となっている。
中枢神経系の可塑性と病的疼痛
Central neuroplasticity and pathological painR Melzack, TJ Coderra, J Katz, A Vaccarino
痛覚の従来の説は痛みは体の受容器から脳への直接の伝達により生じるとされてきた。
受信された痛みの量は、末梢の障害の程度に直接比例するとされてきた。
しかし、最近の研究ではさらに複雑な機構が関わっていることが明かになってきている。
臨床的な、また実験的な研究では、有害な刺激は、痛覚に関与する中枢神経機構を感作するかもしれないことが明らかになってきている。
この臨床的な好適な例として、四肢の切断患者が、切断する前と類似した、または同様な感覚を示す痛みの幻影を感じることや、手術時に術前の鎮痛剤が術中に起きる痛みをブロックしたりする中枢神経作用を挙げることができる。
実験的な例としては、感作の発生、ワインドアップ、中枢神経の感受性領域の拡大、さらには障害組織のブロック後に生じる屈曲反射の増大や痛みや痛覚過敏が生じることなどを挙げることができる。
痛みの感覚は瞬間瞬間の有害刺激の知覚の単純な結果ではなく、過去の経験の効果によって影響されるものである。
感覚の刺激とは、過去の入力に影響され、行動という出力は過去の事件の「記憶」によって大いに影響されるものである。
末梢の障害や有害な刺激によって引き起こされる中枢神経の変化の理解が将来進むと、病的疼痛の予防や治療に新しい展開がもたらされるであろう。
反復するオピオイド暴露による脊髄の神経可塑性と病的痛みへの関係
Spinal cord neuroplasticity following repeated opioid exposure and its relation topathological painJ Mao, DJ Mayer
脊髄に反復してオピオイドに暴露すると神経の可塑的変化が起きることが確実となってきている。そのような可塑的変化は細胞レベルでも、細胞間レベルでも引き起こされる。
N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容器の活性化が、反復したオピオイド暴露による神経可塑性の展開に中心的役割を果たしていることは一般的に受け入れられている。
細胞内のカスケイド反応は、またNMDA 受容器の活性化に続いて活性され得る。
特にプロテインカイネ-スCは神経可塑性変化の行動表現の細胞内キー要素であることが示されてきている。
さらに、NMDA とオピオイド受容器の相互干渉が、オピオイド耐性の発達に伴って脊髄に神経の強力な不可逆的変成をきたし得る。
興味あることに、末梢神経損傷でも同様の脊髄細胞レベルおよび細胞間レベルの変化が認められる。
これらの所見は、一見なんの関連もない二つの条件、すなわち慢性オピオド暴露と病的な疼痛状態の間に、脊髄内では神経構築に相互作用が発揮されていることを示している。
これらの結果は化学物質不耐性、本態性多種化学物質過敏状態、さらにはオピオイド鎮痛剤の疼痛療法の臨床的応用の機構の理解するために有用と思われる。