第一章 ヒト化学物質不耐性
化学物質不耐性の動かしがたい異常The compelling anomaly of chemical intoleranceCS Miller科学においては、異常な事実を見出した場合には、その時に存在している範例の限界を明らかにして、新しい範例を作成する研究に駆り立てるものである。
1880 年代晩期は、医者はある種の疾患が熱性疾患の患者と接触した人に発症することに気付き、疾患の病原菌説の道を切り開いた。
病原菌説は、すべての器官にわたる一見無関係かと思われる多くの疾病に、やや粗野ではあるが、素晴らしい定型化した考えを示した。
今日、われわれは多くの国々で、これまでと異なった医学的異常に直面している。
すなわち化学物質に暴露して、多種類の症状を示し、新たに、化学物質、食物および薬剤に不耐性になってしまう独特の患者達である。
これらの不耐性は、ちょうど熱発が感染症の目印となったように、新しい疾患の過程や範例となるかも知れない。
発症はかたまって起きてくるわけではなく、最初の化学物質暴露が共通項であること以外は特にまとまった傾向がないことは、本疾患が新しい疾患概念であることを示唆しており、化学物質誘発の耐性喪失(toxicant inducedloss of tolerance)とも呼ばれている。
また、化学物質誘発の耐性喪失は、ある種の喘息、偏頭痛、うつ、また慢性疲労、線維筋痛症、また湾岸戦争症候群の有力な説明材料ともなり得る。2段階で発症してくると考えられている。
(1)開始、 急性または慢性の化学物質暴露(殺虫剤、有機溶媒、室内空気汚染など)による普通の化学物質に対する耐性の極端なまでの喪失。
(2)症状がそれまで耐えてこられた微量化学物質により誘発される。
それらの中には、排気ガス、香料、ガソリンなどがある。
さらに食物、薬剤、食物と薬剤との混合物(アルコールやカフェイン)によっても誘発される。
発症機序はなぞのままであるが、これまでの患者の診察から、患者は化学構造がまったく異なる多種類の化学物質に反応し、さらにその化学物質に対して、刺激症状や離脱症状をしめしており、薬物嗜癖と平行して考え得る状態である。そしてこのことは、多種類の神経伝達路が侵されている可能性を示している。
過敏性患者群に対する揮発性有機化合物の対照を置いた曝露
Controlled exposure to volatile organic compounds in sensitive groups
N Fiedler, HM Kipen化学物質に対しての過敏性は低濃度化学物質暴露に反応して多種類の器官に症状が出現することを特徴としている。
本論文は発臭物質および揮発性有機化合物混合物暴露の対照を置いた研究のレビューである。
過敏性を示す群としては、Cullen の1987 年の本態性多種化学物質過敏状態に適応する患者(MCS)、慢性疲労症候群や化学物質過敏症を示す湾岸戦争症候群(CFS/CS)、ガソリン中のメチルテトラブチルエーテルニ特異的に反応している患者(MTBE)が含まれる。
すべての研究で、性、年齢をマッチさせた健常者を置いた。
嗅覚検査では、MCS 患者で嗅覚閾値が低下しているとされてきた過敏性は示されなかった。
しかし、用量依存性に閾値以上の濃度でのフェニールエチルアルコールによる症状の出現が認められた。
盲検で、清浄空気、ガソリン、11%MTBE 混入ガソリン、および15%MTB 混入ガソリン試験で、MTBE 感受性群では、閾値の効果が認められ、ガソリン15%MTBE 混入暴露で症状が有意に増加した。
化学物質混合物の臭いに対する反応を自律神経機能(心拍数、呼吸数、正常呼吸時の終末呼気のCO2 濃度)を測定した。
一般の多種類化学物質に反応する患者では症状に変動を与える傾向があったが、特定の物質にのみ反応を示す患者では変動を示さなかった。
例えば、CFS/CS の湾岸戦争症候群退役軍人群では、ジーゼル排気ガス負荷に対して終末呼気CO2 が減少したが、MTBE 過敏性群では精神身体的な変化を示さなかった。
対照を置いた嗅覚試験では、特にマスキング除去のための脱順応を行わなくても、化学物質に過敏性を示す患者では有意に反応を示すことが明らかにあなった。
とはいえ、これらの研究は、症状が必ずしも身体的な所見とは一致しないことを示していた。
結果には患者個々人の特性が決定的な役割を果たしていた。
化学物質不耐性患者の過敏性獲得の研究:個人差の関わりの研究Sensitization studies in chemically intolerant individuals: Implications for individualdifference researchI Bell, CM Baldwin, GER Schwartz
化学物質不耐性は個人差を特徴とするが、化学構造的に無関係な環境微量化学物質に反応する多彩な症状を示す疾患である。
本論文では最初の化学物質暴露後に生じる微量化学物質に反応し多彩な症状を示し、症状が進行、増大して行く傾向を示す神経系の過敏性獲得について考察を加える。
過敏性獲得のモデルは、環境化学物質、身体的ストレッサー、および精神的ストレッサーの負荷を受けている一群の人達の化学物質不耐性の始まりや、その症状の発症の種々な仮設を提供する。
われわれの研究室での最近の成果では、化学物質不耐性患者では脳波や拡張期血圧のような関連する因子の経過を追って過敏性獲得を供覧してきた。
精神病的な不調のみではこのような所見を説明することは不可能である。
化学物質不耐性患者や、過敏性を容易に獲得する人には一定の傾向がある。
例えば、女性、ある種の遺伝的背景(アルコール好きの両親からの出生)、砂糖の取り過ぎや炭水化物取り過ぎなどである。
全体的にみると、高度に化学物質不耐性となっている人々の15~30%は非常に過敏性を獲得しやすい。過敏性を獲得しやすいことは、不良環境に対して、情報処理が適正に行われてはいないが、適応や警戒に役立っていると思われる。
とはいえ、過敏性獲得は徐々に外部状況に適正に反応する点からずれてしまうために、この反応は慢性の、多症状の不健康状態を生み出し、その例としては多種類化学物質過敏症、線維筋痛症などを上げることが出来る。
原因物質の種類によるのではなく、個人の反応性の特性や常同症のような繰り返し刺激が、中枢神経、自律神経、および末梢神経系の機能障害の症状の出現をむしろ規制しているように思われ、その機能障害も臨床症状を示したり、それ以下の軽微な症状を示したりする。
アイオワ州化学物質過敏症患者の追跡調査
The Iowa Follow-up of Chemically Sensitive Persons
Donald W Black, Christopher Okishi, Steven Schlosser
多種類化学物資過敏症患者の臨床症状と患者の自己申告による健康状態の9年間の追跡調査である。
1988 年に面接した患者26名のうち、1997 年に追跡可能であった患者が18名(69%)について、組織だった面接と自己記入問診票調査を行った。
精神科的な診断では、DSM?IV 判定で15名(83%)、15名(83%)が終生気分障害、10名(56%)終生不安障害、10名(56%)が終生身体型障害であった。
自己記入疾患行動問診票90年型では、1988 年とほとんど変わっていなかった。
もっとも頻発する10症状としては、頭痛、記憶喪失、忘れっぽい、のどの痛み、関節痛、思考の混乱、息切れ、背部痛、筋肉痛、および吐き気であった。全体としての評価では、2名(11%)が軽快、8名(45%)が相当にまたは非常に改善、6 名(35%)が改善、そして2名(11%)が不変または悪化であった。
SF-36健康調査での平均スコアでは、患者はUS の人間に比べて、自己申告での一般的身体機能、身体痛、一般健康度、社会的機能、情緒的な働きの障害または精神的な健康度は良好であった。
すべての対象者は多種類化学物質過敏症であると考え続けている。
そして16名(89%)は診断が議論の多いものであることを認めている。
結論として、対象者は多種類化学物質過敏症の診断を強く受け入れている。ほとんどの調査対象者は最初の面接時よりも改善されているが、なお多くの対象者は症状が残存しており、生活スタイルの変更を模索し続けている。