●散布後の濃度測定なし
化学物質過敏症も対象に大阪市内で「ふくずみアレルギー科」という医院を
開いている吹角隆之医師(アエラ4月25日号参照)によると、薬剤が撒かれ
て間がないことを感じ、いったん降りて次の電車を待つ患者もいるし、車両ご
とに汚染の差を体感する人もいる、という。
吹角医師も、高見運転士の電車、宿泊室の化学物質汚染の有無に注目する。
前述のように、アエラは鉄道など交通機関27社に薬剤散布の実情について質問し、20社から回答を得た(日本の鉄道は年間延べ約200億人を運んでいる)。
1998年4月から車内への散布をやめているという東京地下鉄(東
京メトロ)、「従来、車内には撒いていない」という京阪電気鉄道、2002
年8月以降は車内に使っていないという阪急電鉄を除くと、薬剤の種類・頻度
はまちまちだが、鉄道は各社とも車内散布をしている。
そして、事後の気中濃
度の測定は一社もしていない。
ありのままに公表してくれたのだろうが、目を引くのはJR東海による新幹
線車両への徹底散布だ。
回答によれば、有機燐以外の薬剤だが、ならすとほとんど毎週のように撒いている。
JR東海のある内部関係者が調べてくれたところによると、新幹線の車両
は、運転室も含めてたとえば以下のような具合に薬剤が散布されている(情報源が特定されないよう、月日は似た間隔にしつつ変えてある)。
「(今年)4月29日一般消毒 5月10日くん煙消毒 5月15日一般消
毒 5月21日特別整備(害虫消毒)A 6月8日くん煙消毒 6月10日一
般消毒」
東海道新幹線での尾竹さんの体調の悪化も、この記録をみればうなずける。
有機燐中毒、化学物質過敏症を患う他の人たちへの影響も厳しいだろう。
●気になる無回答7社
散布の記録を伝えてくれた前記のJR東海の内部関係者は、車両基地で新幹線の車体から、散布した薬剤が白く外に噴き出している光景を見ている。停車している時は車両のドアの気密性が緩むので、そこから外に洩れているのだという。
基地の車両の中が薬剤で霞んでいる時もあったという。
薬剤は当然、座席にもしみ込んでいると推定できる。
ゴキブリがいたことを乗客が車掌に告げでもしたら、走行中に車掌から担当
司令に電話で速報され、電車は基地に入るや、定期散布とは別に全車両を燻煙消毒される。
それにしても、回答を得られなかった交通機関が27社のうち7社あるのは
怖い。
車内などに毒性物質がどう散布されているのか、少しの手がかりも示されないからだ。
鉄道ではないが、散布業者によると、新東京国際空港の管制塔を含む国土交通省専有部分には、フェニトロチオンを有効成分とする有機燐剤も噴霧され、仮眠室も対象にされている。
この原体を10%含む乳剤を10倍に希釈した液が1平方メートル当たり50ミリリットル噴霧されている。
業者によると、要員が常時いる管制塔などには、噴霧しないで虫を殺す食毒剤を置き、仮眠室などでは一時退去してもらって噴霧し、撒いてから30~40分は立ち入らないでもらう。
この記事は鉄道に焦点を絞ったが、航空機内、地上施設への薬剤散布が操縦士など乗務員、管制職務関係者の心身にいかなる影響も与えていないのか、心配する医師たちもいる。
高見運転士は死亡しており、錯誤が何度も繰り返された真因の探求には限界がある。
だが、「文藝春秋」7月号に掲載された高見運転士の「反省文」(0
4年6月8日にJR西日本学研都市線下狛駅の停車位置を100メートルも行
き過ぎたことに関連したもの)を読む限り、この運転士は普通の人だったとし
か考えられない。建前を記す作文であることを勘定に入れてもだ。
それだけ
に、高見運転士についての医師たちの関心も見過ごせなくなる。
現に、車内への薬剤散布はしていないという東京メトロ、京阪電鉄、阪急電
鉄の例もある。
通常の清掃を徹底したり、せめて薬剤の選択に配慮すれば、交通機関は少なからざる人々を心身の困難から救えるはずだ。