・ 9.1.5 有病率(Prevalence)
医学診断に基づく数値によれば、アメリカの一般公衆におけるMCSの発症頻度は0.2~6%である。
匂いによる自己申告(主観的)症状の頻度はもっとはるかに高い。
ヨーロッパの一般公衆におけるMCSの発症頻度は調査されていない。
化学物質の屋内使用が低いので、発症頻度はアメリカよりも低いと推定される(約1%)。
アメリカとヨーロッパでは、MCSと診断される人々が一般の公衆に比べて、以前に溶剤に曝露したことがある人々の中にかなりの割合で存在する。
アメリカからの数値によれば、それは1%から12%の間であると推定される。
デンマークの有病率は不明であるが、それは約0.1~1%であると推定され、多分、アメリカにおけるよりも曝露が少ない生活パターンのためと考えられる。
9.1.6 可能性ある機序
MCSの原因機序についての多くの提案がなされている。
研究は、この病気の原因と機序についての知見と文書をまだ確立していない。
そこで、提案されている機序は前もって除外することはできない。
最も言及されている病気の機序は免疫学的な機序である。
MCSが過敏性の病気として記述された時に、最初の数年間は多くの人々はMCS特有のバイオマカーを探した。
しかし、現在でもまだ、免疫学的機序の存在は証明されていない。
鼻の粘膜にある機序が、最終的なMCSの説明になるであろうと多くの人々が考えた。
鼻の粘膜にある嗅覚神経の終末繊維が匂いのような化学的な刺激を感じ、一方、化学物質は他の神経(三叉神経)の終末繊維への刺激として作用する。
両方の脳神経は受け取ったインパルスを異なる経路で脳中枢に伝達し、そこで異なる応答が生成される。
両方の神経が病気の機序に関与しているかどうかまだはっきりしない。
嗅覚神経からの神経線維は脳幹にある神経中枢に直接つながっている。化学的な匂いは、これら神経中枢のひとつにいわゆる神経感作を引き起こし、それらは直接他の中枢に接続しており、それらは体のホルモンバランスの制御機能を乱すとともに、自律神経系を通じて行動や器官に影響を与える。
実験によれば、外部の物理的及び化学的刺激は、いわゆる”キンドリング(kindling)”操作の方法で、感作を引き起こすことができる。
上述の機序に合致する、ある認識及び行動の変化がMCS患者の中で観察されている。
しかし、この機序がMCSを引き起こすということは直接的には証明されていない。
MCSの原因として他の仮説が心理学的機序を指摘している。
MCSの人々は多分疑いなく心理学的圧力の下にあるが、この圧力がMCSを引き起こすのか、あるいはMCSがこの圧力の原因なのかは明確でない。
多くの人々は以前のトラウマに基づく条件反射機序がMCSを説明できるという意見である。他の人々は、原因要素としてストレスと対応能力欠如を指摘する。.
一般的に外部環境ストレスに感受性がより高い人々は、所定の化学物質インパクトに関し、MCSを進展させるリアスクが他の人々より大きいように見える。
MCSは心理社会的及び環境的ストレスの下で、心理社会的(psychosocial)プロセスとして述べられる。
もっと最近の仮説は、初期毒性インパクトが器官の耐性を減少し(毒性誘因耐性消失)、その後、化学的匂いがいくつかの器官からの異常な応答を引き起こす。
この仮説はMCSの実際の進展状況とよく対応する。
しかし、どのようにして耐性が消失するのか、どのようにしてMCSの症状を引き起こすのかは証明されていない。
最後に、全体論的(holistic)環境医学は、MCSは外部化学物質に対する体の防御能力及び解毒能力の弱体又は欠陥によって引き起こされ、それが体の内部機能のバランスを崩すという意見である。
臨床環境医師らによって発表されているこの仮説の証拠は、医学界で確立されている客観性、標準化、及び、品質管理の要求に照らして、承認されていない。
9.1.7 診察と診断の方法
MCSの確実な診断が存在しない以上、その診断を妥当であると確認する又は不当性を証明する確かなテスト方法は存在しない。
アメリカの医学専門家らは、この病気の診断を達成し、MCS患者のフォローアップを行うことを目的として、科学的指針(ガイドライン)を設定している。
9.1.8 アメリカとヨーロッパの当局によるMCSへの対応
アメリカにおける多くの研究と会議が行われた10年間の後、最近数年はMCSに関する当局の活動は鈍っている。
EPA と NIOSH は、MCSに関する予防的措置をなんらとっていない。
カナダの保健当局は、診断の確実性が欠如していてもMCSを認知する用意があった。
しかし、支持が得られず、その計画をあきらめざるを得なかった。
MCSへの興味はカナダでも低下している。しかし、地方での活動が地方の環境及び保健当局の間で進められ、公衆も個人の匂い及び匂いを含む製品の公共の場所(学校、病院、町の公会堂、公共交通、いくつかの職場)での使用を自主的に減らそうとしている。
ほとんどのヨーロッパ諸国では、MCSはそれほど知られておらず、疾病としても認められていない。
取り組もうとした環境当局もMCSに関する予防的活動を完了していない。
環境病を診断し、治療するための臨床環境医学センターが設立され、メディアが徐々にこれらの病気を扱うようになってきたスウェーデンとドイツでは、MCSに関する研究活動を実施している(頻度、病気の機序、診断基準など)。現在、ドイツは一般的に環境病、そして特にMCSに関し積極的な研究とプログラム開発を行っている。
9.1.9 デンマークの状況
デンマークでは、匂い過敏症と溶剤不耐症という表現が、MCSの代わりによく使われている。
その状態はそれ自身では疾病として認知されておらず、登録されていない。産業医学者及び環境医学者、精神身体(機能)疾病の専門家、及び、わずかな耳鼻咽喉科の医学者を除くと、デンマークでは、わずかな医師のみがMCSに関する何かについて知っている程度である。
ほとんど産業医学者及び環境医学者がMCS様症状の患者を診察してきた。以前に溶剤に曝露したことがある人々を含む、コペンハーゲンのある患者たちは、デンマーク・コペンハーゲン大学病院国立病院耳鼻咽喉科(Risgshospitalet)で特別な開放刺激テストを用いて診察されている。
このテストは、MCS患者の匂いに対する生理学的な反応を確認するためのものである。
デンマークのMCS患者組織は、環境中の匂いの削減に関し、デンマークEPAにアプローチした。
デンマーク当局は、直接のアプローチがある場合を除いて、総合的にMCSに対処していない。
化学物質曝露(初期段階及び引き金段階に関連)のリスクを削減し、可能な限り、低濃度の化学的匂いの発生(引き金段階に関連)を削減するために、当局が可能性ある取り組みを目指すことは可能であるように見える。
これはある分野を規制し、化学製品と材料の使用が高い曝露をもたらす状況をなくすことを目指す情報を広めることで実現できるかもしれない。
それはまた、”不必要な化学物質”、特に香水の使用の削減を目指すもっと多くの取組みを含むべきかもしれない。
保健当局は、MCS患者の診察、診断、治療、相談、及びフォローアップを改善する必要がある。
予防的措置はまた、職場環境においても必要である。デンマークにおけるMCS症例に関する比較的少ないデータに基づくと、職場での曝露は特にMCSを進展させると推定される。
予防的取組みが計画される前に、化学物質の使用と曝露、その健康への影響、そしてMCSの問題の程度に関するいくつかの側面の詳細な調査が実施されるべきである。