体内で見つかった化学物質の一部は、胎児の頃に母親からもらったものだ。母親の体内にあった化学物質が、へその緒と胎盤を通って私の体に入りこんだ。生まれた後に、母乳経由で入ってきたものもある。
乳離れしてからも、知らないうちに化学物質をためこみながら成長した。
少年時代を過ごした米カンザス州では、蒸し暑い夏になると、郊外のゴミ捨て場で毎日のように遊びほうけた。
ゴミ捨て場は石灰岩の高い崖の上にあり、見下ろすと茶色い水をたたえたカンザス川の流れやポプラ並木、鉄道の線路が見えた。
時代は1960年代後半。後にこのゴミ捨て場が、米環境保護局によって土壌汚染対策法、通称「スーパーファンド法」の指定地になるとは、当時の悪童たちは知るよしもなかった。
ここには企業や個人が長年にわたり、有毒な化学物質を含む廃棄物を大量に捨てていたのだ。
「もともとはゴミの埋め立て処分場でした」と、地域の規制当局の代表デニース・ジョーダン=イサギーレは説明する。
「当時は埋め立て処分に関する規制などなく、金属の鉱滓や重金属も捨てられていました。立入禁止の表示や囲いもなく、子どもたちも自由に入れたんです」
私も、そんな子どもの一人だった。
今ではこのゴミ捨て場は汚染対策の指定地「デプケ=ホリデー・サイト」となり、廃棄物を完全に封じこめたうえで厳重に管理されている。
川の上流1キロ弱のところには郡の上水道の取水場があり、くみ上げた水は地域の4万5000世帯に給水されていた。
1960年代には郡当局が川からくみ上げた水を浄水処理していたが、すべての汚染物質が除去されていたわけではない。
デプケ近くの地下水を水源とする21カ所の井戸からも、飲料水がくみ上げられていた。
子どもの頃、わが家のある一帯は環境のよくない地区で、汚染源はゴミ捨て場だけではなかった。
数キロ先の川沿いは自動車、石けん、肥料や農薬の工場が並ぶ工業地帯だった。
発電所の煙突は白い煙を吐き、肥料工場の煙突は炎を上げてナトリウムの黄色い煙をたなびかせていた。
家畜などの排泄物は川に捨て放題で、近くの農地ではトラックや飛行機でDDTなどの農薬を散布していた。
まかれた農薬が雲のように広がると、私たち悪童は息を止めて自転車でその中を一気に走り抜け、「どうだ、すごいだろう」と得意になっていた。
1970年代になると米国では大気浄化法や水質浄化法が整備され、環境の浄化が進んだ。
今ではこの一帯の空気はきれいになり、川に排水がたれ流されることもなくなった。
それなのに私の検査結果は今も、40年前の汚れきった環境の痕跡をとどめている。私の血液からは、昔使われた殺虫剤の成分(クロルデン、ヘプタクロル)やDDTの分解産物など、今では使用が禁じられたり厳しく規制されたりしている化学物質が、ちょっぴりずつだが検出された。
大学に通いはじめた私は、新たな化学物質の洗礼を受けた。
ポリ塩化ビフェニル(PCB)だ。
当時は変圧器などの電気絶縁体や熱媒体などとして広く使われ、ゴミ処理場や工場などがあった土壌に潜んでいる可能性がある。
ニューヨーク州のハドソン川流域は1940~70年代、ひどいPCB汚染にみまわれた。
川沿いの町ハドソン・フォールズとフォート・エドワードの工場で、ゼネラル・エレクトリック(GE)社がPCBを使用していたからだ。
70年代後半に私が通ったバッサー大学は、GEの工場から225キロほど下流の町ポキプシーにある。
PCBは油状の液体または固体として、環境中に何十年も残留する。
動物の体内に入ると肝機能を低下させ、血液中の脂質を増やすばかりか、発がん作用もある。
209種類もあるPCBのなかには化学的にダイオキシン類と似た構造のものもあり、動物実験では生殖系や神経系の損傷、発達障害などの障害を引き起こすことが確認されている。
PCBの毒性がはっきりと確認されると、米政府は76年に使用を禁じ、GEの工場でも使うのをやめた。
ところが、問題はもっと根深かった。使用禁止になるまで、GEは余ったPCBを合法的にハドソン川に捨てていた。
そしてポキプシーをはじめ流域の8都市は、そのハドソン川から上水道の水をくみ上げていたのだ。
1984年にはハドソン川の320キロに及ぶ区域がスーパーファンド法の指定地になり、PCBの除去が始まった。
環境保護局の監視下で、GEは水質浄化に3億ドル(約350億円)を投じて、川底の堆積物の浚渫と処分を進めてきた。
工場から川にPCBが漏れだすのを防ぐ対策も講じた。
ハドソン川流域に生息する鳥や野生生物は汚染の影響を受けたと専門家はみているが、人体への影響ははっきりしていない。
流域の住民を対象にしたある調査では、呼吸器疾患で入院する人の割合が20%増えたというが、別の調査では、がんによる死亡者は特に増えていないという。
それでも今も多くの住民が、健康への不安を抱えている。
「私はフォート・エドワードにあるGEの工場の近くで育ちました」という元陸軍将官のデニス・プレボストは、現在は住民の健康を守る運動に携わっている。
彼の兄は46歳で、また近所に住む女性は20代のうちに脳腫瘍が原因で亡くなった。
二人ともPCBのせいだと、プレボストは考えている。
「PCBは駐車場の地面から、地下水がたまる帯水層に浸透したのです」。
84年に上水道が引かれるまで、住民はその帯水層からくみ上げた井戸水を飲料水に利用していたと、プレボストは言う。
州の保健当局の研究員だったエド・フィッツジェラルドは、PCBが健康に及ぼす影響を明らかにしようと、この地域で徹底した調査を実施している。
彼はプレボストら住民に、井戸水はさほど危険ではないと説明してきた。
PCBは帯水層の底に沈殿する傾向があるからだ。
それよりもPCBに汚染された川魚を食べたほうが危険だと、フィッツジェラルドはみている。
取材旅行からサンフランシスコの自宅に戻っても、身の回りは新世代の化学物質だらけだった。
難燃剤をはじめ、規制の対象になっていない各種の物質が、日用品や身近な工業製品にさかんに使われて年々環境中に増え、私の体内にもどんどん蓄積している。
たとえばポリカーボネート樹脂製のカップに入った飲み物には、ビスフェノールAが入っているかもしれない。
容器類や安全ゴーグルなどプラスチック製品の原料となる物質で、動物では生殖系に異常をもたらす環境ホルモン(内分泌撹乱物質)として作用することがわかっている。
不幸中の幸いというべきか、私の血液からは検出されなかった。