・あなたに忍び寄る身近な化学物質
http://nationalgeographic.jp/nng/magazine/0612/feature04/index.shtml
現代人の便利な暮らしを支える、さまざまな化学物質。
だが、その中には体内にいつの間にか入りこみ、長年蓄積されるものもある。
(この記事は2006年12月号に掲載されたものです。)
化学物質の取材のため、私はみずから実験台を買って出た。
するとある日、スウェーデンの化学者から、なんとも気がかりな電話がかかってきた。
「難燃剤」をご存知だろうか。
マットレスやカーペット、テレビやパソコンのプラスチック部分、電子回路の基板、自動車……燃える可能性があるものなら何にでも、安全のために添加されている化学物質である。
難燃剤は火災の防止に役立ち、そのおかげで米国だけでも年間に何百人もの命が助かっている。
ところが、その難燃剤が、あってはならない場所--こともあろうに、私の体内にあるという。
電話をかけてきたのは、ストックホルム大学のオーケ・ベリマン博士だ。
私の血液に含まれる化学物質の分析結果が手元に届いたところだという。
難燃剤の成分であるポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDE)の、血液中の濃度も測定された。高濃度のPBDEは、マウスとラットの動物実験では甲状腺の働きを妨げ、生殖系や神経系に障害をもたらし、神経系の発達を阻害するというが、人体への影響はあまりわかっていない。
「神経質にならなくていいと思いますが、きわめて高い値です」と、博士は告げた。私の場合、米国製品に多く使われている、PBDE類の中でも特に毒性の高いタイプの血中濃度が、米国で実施された小規模な調査の平均値の10倍、スウェーデンの平均値の200倍以上もあるという。
この記事を書くにあたって、私は「自分の体内の化学物質」をめぐる旅に出た。
昨年の秋には320種類もの化学物質について検査を受けた。
食べたり飲んだり、大気中から吸いこんだり、皮膚に触れたりして、体内に吸収された化学物質の中には、有機塩素化合物のDDTやPCBなど何十年も前にさかんに使われていた物質もあれば、鉛、水銀、ダイオキシン類などの環境汚染物質、最近の殺虫剤やプラスチックに含まれる物質もある。
いい香りのシャンプーや焦げつかないフライパン、防水性や難燃性の繊維に使われ、暮らしの隅々に浸透している魔法のような物質もある。
今回のように微量の物質まで調べる場合、対応できる検査機関はわずかしかない。
また検査には通常、1万5000ドル(約180万円)前後の費用がかかる。個人で受けるにはあまりに高額だが、今回は「ナショナル ジオグラフィック」誌の取材費でまかなった。
検査の狙いは、先進国に暮らすごく普通の現代人の体内に、どんな物質が蓄積されているのか、そしてそれらの物質がいつどこで体内に入ったのかを確かめることだ。
化学物質にはリスクもあるが、メリットもあり、わかっていないこともまだまだ多い。