3.環境動態モデル
農薬を対象とした環境動態モデルを構築する際に、まずは対象を水田農薬に限定しました。
農薬は様々な場所で使用されており、その全てを対象にモデルを構築することは難しいと判断し、日本での農地に占める割合が高い水田に限定しました。
なお、製品として売られている農薬(以下、農薬製剤という。)と、有効成分としての農薬(以下、農薬原体という。)を必要に応じて区別します。
我々が構築してきた農薬排出予測モデル(PeCHREM)では、収集可能な情報のみに基づいて計算することが可能になるよう設計してきました。
農薬製剤の出荷量や各農薬製剤中に含まれる農薬原体の量は日本植物防疫協会発行の「農薬要覧」で毎年公表されています。
それらの情報や農林水産省で公表している都道府県別の稲作作業の実態調査結果などに基づいて、農薬製剤ごとに都道府県別の農薬使用時期を予測します。
さらに、各農薬製剤には使用方法が決まっており、農薬製剤の散布量や散布方法などが記載されています。
それらの情報に基づいて水田の中での農薬原体の濃度が散布後どのように変化するかを予測します。
さらに、1990年に丸が日本農薬学会誌で報告した農薬原体の物性値とその農薬原体の流出率との関係式や、水田がどこに存在するかという土地利用情報なども用いて、いつどこでどのくらい農薬原体が大気や河川という環境に排出されるかを計算します。
最終的に、日本全国で環境中の化学物質の動態を予測計算できるモデル(G-CIEMS)を用いて、日本全国の河川水中の農薬原体濃度の日間変動を計算しました。
4.モデルの検証
一般的に環境中の化学物質の実態を把握する上で重要なデータは環境中最大濃度です。
また毒性が異なる様々な物質間でそのリスクを比較する際には濃度ではなく、生物への影響試験などから導き出した予測無影響濃度(PNEC:環境中の生物に影響を及ぼさないと予測される最大濃度)などとの比を用います。そこで、前述した水産基準値に対する河川水中最大濃度の比(以下、ハザード比という。)を検証のための指標としました。
実測値としては、我々が4年間で実施した8地点での調査結果から、全ての結果の中の各農薬の最大実測濃度を用いました。
ただし、その調査の頻度や期間、実施年度は地点によって異なります。
一方、モデル予測値としては、実測調査を実施した8地点における各農薬の最大予測濃度を用いました。
なお、モデルからは日平均濃度が出力されます。
それぞれ、農薬ごとに実測ハザード比と予測ハザード比を算出し、相互に比較した結果が図1です。斜めの線(y=xの線)の近くに点が集まっており、モデルの予測結果が高い信頼性を有していることが確認できました。
また、除草剤、殺虫剤、殺菌剤と用途が異なっていてもモデルの信頼性は共に高いことも確認できました。
実態調査の対象とすべき農薬の選定において、本モデルの有効性は高いと判断できます。
図1 河川水の水田農薬 32種を対象とした実測ハザード比(複数調査地点の中での最大実測濃度/水産基準)と予測ハザード比(複数調査地点を含む河道(モデル中の単位河川)の中での最大予測濃度/水産基準)の関係
(実線:y=x、点線:y=10x、y=1/10x、今泉ら 2013環境化学討論会要旨から改変)
5.おわりに
農薬に限らず日々多くの化学物質が開発され、生産されています。
それらの恩恵を受けつつ、我々は豊かな暮らしを享受しています。
ただし、化学物質の一部は人や生態系への悪影響が懸念されています。我々は化学物質の負の側面とも上手く付き合っていかなければいけないと思います。
そのためにも、利用可能な情報をできる限り活用しつつ、賢く効率的に化学物質と付き合っていくことが重要ではないでしょうか。
その一助になることを目指して、我々は日々研究を進めています。
(いまいずみ よしたか、環境リスク研究センターリスク管理戦略研究室主任研究員)
執筆者プロフィール
最近、頭と身体の加齢に伴う変化を実感しています。
そして、仕事とプライベート、集中と休憩、研究業務と非研究業務、そして炭水化物とタンパク質(脂質も含む?)の最適バランスについて日々頭を悩ませています。