(3) 先進的な取組を行う国々
① 日本よりも厳しい規制値を採用している国日本の規制の現状は前述のとおり,非常に緩やかなものであるが,諸外国には,日本よりも厳しい規制値を採用している国々が存在している。
ア 高周波について
高周波に関しては,日本より厳しい規制値を採用している国が多く存在する。
まず,スイスでは,900MHzの携帯電話中継基地局の規制値は,電力束密度で換算すると4.2μW/c㎡,同じく1800MHzでは,9.5μW/c㎡,900MHzと1800MHzの混成の場合は6.6μW/c㎡と,電力束密度で比較すると日本の100分の1以下という厳しい規制値を採用している。
また,イタリアでは学校,病院,居住地域等のセンシティブエリアに対する注意値が設定されており,その注意値も屋内で10μW/c㎡となっている。
その他,ロシア,ポーランド,ブルガリア,ベルギー,ギリシャ,中国等でも日本よりも厳しい規制値が採用されている。
さらに,2008年5月,リヒテンシュタイン環境保護法では,基地局所有者に対して2012年末までに基地局の電場制限0.6V/㎡(0.1μW/c㎡=バイオイニシアティブ報告の勧告値)を達成するよう求めた。
このように,より厳しい基準を求めている国も出てきている。
イ 低周波について
低周波に関しては,欧州の多くの国が,磁界の規制値を日本よりも厳格な100μTとしている。
さらに,スイスとイタリアでは,一般的な規制値とは別に,人が長時間滞在する場所について厳格な規制を行っている。
スイスでは,人が定常的にかなりの時間を過ごす場所では1μTの予防的放出制限値を採用している。
また,イタリアでは,公園・住居等人が1日4時間以上滞在する場所について,新設・既設問わない注意値として10μT,新設のみに対する安心目標として3μTを採用している。
さらに州レベルでは,0.2μT等の厳しい規制を設けている州が存在している。
② スイスの取組について
上記で紹介した国々のうち,特に厳格な規制をしているスイスは,以下の
ような趣旨で厳格な規制を置いている。
スイスにおいても,規制の根拠となる科学的知見は,基本的にICNIRPガイドラインということである。
しかし,ICNIRPガイドライン以下の強度でも生物学影響があるとい
う研究結果があることも考慮して,予防原則の観点から,「健康影響が存在する。」とまではいえなくても,「健康影響が存在するかもしれない。」というレベルでも厳格な基準を採用しているとのことであった。
もっとも,「存在するかもしれない」規制については産業界にも配慮してお
り,技術的に可能,運営可能,経済的に可能な規制にとどめており,不可能な場合には例外を認めている。例えば,厳しい基準が定められる前から存在していた古い高圧電線を全て新しくすることは経済的に不可能であるので,例外として認めており,その場合は電線の配置の仕方など,技術的に可能な範囲で電磁波の強度を下げる措置が取られている。
一方,携帯電話の中継基地局は,電磁波の強度が低くなるように作り直すことが簡単にできるので,
既存の中継基地局も含めて,全ての中継基地局が厳格な基準を守ることが要求されている。
このようにスイスでは,健康影響が存在するかもしれない,というレベル
の厳格な基準を採用した上で,技術的,経済的に可能な範囲で規制を実施している。
このような規制であれば,我が国でも実施することが可能であると考えら
れる。
(4) 近年のその他海外での動き
以上のように,電磁波に関する厳しい規制を行う国が存在する上に,近年の欧米諸国では,予防原則に基づき,1998年ICNIRPガイドラインを否
定する動きも出ている。
代表的な例では,2008年9月4日,欧州議会が「欧州環境衛生行動計画
2004-2010の中間評価に関する決議」を522票対16票(棄権7票)
で採択した15。
この決議は,電磁界に関して,「一般公衆に対する電磁界曝露限度は,EU理事会勧告(1999/519/EC)以降,一度も調整されておらず,情報通信技術の進展,欧州環境庁や各国の勧告を考慮しておらず,妊婦や新生児,子どもといった脆弱な集団の問題を扱っていないので,時代遅れである。」などと述べ,同勧告の修正を求めている。
また,2009年4月,同じく欧州議会は,ベルギーのフレデリック・リエ
スが作成した「電磁界に関連する健康上の懸念」と題する報告書(以下「リエス報告」という。)についての決議を圧倒的賛成多数で採択した16。
そのでは,携帯電話塔などの設置制限,一般市民への情報提供,EU理事会勧告(1999/519/EC)の科学的根拠と妥当性の見直し等を要求している。
また,日本もオブザーバーとして参加する欧州評議会の議員会議において,2011年5月17日に「電磁場の潜在的な危険性と環境におけるそれらの影響」と題する文書が採択され17,その中では,電磁波について予防原則を適用すべきだとした上で,「国際非電離放射線防護委員会によって設けられた電磁場曝露に対する現在の基準に関する科学的根拠を見直すこと。
それは,深刻な限界があり,ALARA原則18を適用し,電磁場照射や放射の熱効果と非熱効果や生物学的影響の両方を扱うこと。」などを勧告している。
ここには代表的な例のみを挙げたが,この他にもICNIRPガイドライン
の見直しを勧告する決議や報告は多数存在している。
このように,欧州では,厳しい規制を採る国が複数存在する上,欧州議会や欧州評議会といった国際機関のレベルでICNIRPガイドラインの見直しが提唱されているのである。
15 http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?language=en&type=IM-PRESS&reference=20080903IPR36136
16 http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?pubRef=-//EP//TEXT+TA+P6-TA-2009-0216+0+DOC+XML+V0//EN
17 http://assembly.coe.int/Mainf.asp?link=/Documents/AdoptedText/ta11/eRES1815.htm