――〝そもそも化学物質過敏症なんて病気が有るのか?〟なんて議論をしている場合ではないと思うのですが......いまだにそんな意見も聞かれます。そこで、まず単刀直入にお聞きします。
【化学物質過敏症】は、医学的に証明された、れっきとした病気なんでしょうか?
厚生労働省も2009年に病名登録しました。
したがって、病院で診察が受けられ、健康保険も効きます。
にも拘わらず医師の中にも、本症に関心がなく理解しようという努力をしない人がいることも事実です。
だからいつまでもこの病気について非常に低いレベルでの議論しか行われていないんです。
――では、石川先生をはじめとして、化学物質過敏症の研究にはどんな背景があったのでしょうか。
「化学物質過敏症」という名前が出てきたのは、1970年代始めの頃です。アメリカのランドルフという小児科専門医師が、アレルギー関係の学術誌に記載して以降、現在まで研究が続いています。
当時、日本では東京大学医学部眼科にいた私、第三内科の宇尾野公義、小児科の瀬川昌也、そして佐久市立浅間病院副院長の大戸健といったメンバーが、眼科学主任教授で厚生省の「特定地区に多発する視力低下児童の診断設定に関する研究班」班長だった鹿野信一のもとで「抗コリンエステラーゼ剤の投与後の眼を含む神経系(含む大脳辺縁系)に与える影響」という研究をしていました。
その中で、長野県の佐久地区に「視力低下」「視野狭窄」、さらに程度のひどい例では、「片足立ち不能」「跳び箱がうまく飛べない」「バビンスキー反射(脊髄の神経経路に関する病的な反射のひとつ)」といった症状が出ている子供が集中しているという報告を受けたんです。
現在では「佐久病」と呼ばれるものですね。
そこで先ほどのメンバーが市立浅間病院で原因追求と治療研究を開始しまして、すぐに原因をつきとめました。それが、あの地区で年に数回空中散布されていた有機リン農薬3%マラチオンでした。
――有機リン殺虫剤の専門家である石川先生たちは原因がわかってからは、どのように対応されたんですか?
真っ先に、神経毒性の強いマラチオンのヘリ散布を中止してもらい、注意深く状況を追跡しました。
児童たちをできるだけ有機リン剤から遠ざけましたし、強力に薬物療法も行いました。
すると、数年の時間がかかりましたが、患者の新規発生はなくなり有機リンに罹患した児童の症状は徐々に改善しました。
これらの研究は海外に向けて報告されて、世界で最初に「慢性有機リン系殺虫剤による中毒症」として明らかにされました。
これが結局、ランドルフのいう化学物質過敏症と同じだったんです。
医学的には「Optico-Autonomic-Peripheral Neuropathy(眼・自律神経・末梢神経障害)」とまとめられ、フランス・米国・イギリス・その他先進国に次々と報告が続けられました。
これにより、私たちの有機リンの慢性中毒に関する論文は、米国国立保健研究所(NIH)により追試・確認され、約10年ほどかかりましたがこの疾患が世界で認められました。
この間に何度か米国の環境医学学会の学者と交流を持ったのがきっかけで、日本での化学物質過敏症の研究も本格的にスタートしたんです。
この辺りのことは『Journal of Applied Toxicology(USA),14:103-154,1994.Symposiumon ocular effects of organophosphate exposure.』という文献に載っていますので、読んでみてください。
「化学物質過敏症」とは?――中毒・アレルギーとの差を、知る!
――さて、お話の中に「有機リンによる中毒」というものが出てきましたが、ということは、「化学物質過敏症」は「中毒」ともいえるということでしょうか?
〝両方含まれている〟と考える方がよいでしょうね。
どういったものが中毒で、どういったものが過敏症なのかというのは定義が難しく断定できません。
過敏症・アレルギー・慢性中毒――その3つの境界線をはっきりと引くことはできないんです。
例えば、有機リンの慢性中毒は、体内に蓄積した毒素が人間の神経系伝達物質の代謝に関わる酵素の働きを阻害してしまうのですが、対応する酵素の種類はコリンエステラーゼ、パラオキソキナーゼ、その他いくつかの酵素に限られてきます。
でも本来、人間の身体は多くの酵素の働きを受けて生きているわけですから、例えばその中の10種類もの酵素の機能が低下すると、1種類だけが低下している人に比べてどうでしょうか?
runより:実はかなり長いインタビューなのですが「かびんのつま」1巻でかなり重要なインタビューとなっています。
是非とも購入して読んでほしいという願いから前編途中までの掲載です。