その7:2008年11月 オーストラリア NICNAS/OCS 報告書案 | 化学物質過敏症 runのブログ

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3 何がMCS の原因か?

 MCSの原因に関連する文献は、常にMCSの根底にある主原因に関する見解の相違、すなわち心因性なのかトキシコダイナミック(toxicodynamic)(訳注:化学物質の標的臓器への到達後の様々な反応)なのかについて光を当てる。MCSの症状は、知覚された化学物質の毒性への心因的反応なのか、又は化学物質と器官系との生理学的/病理学的な反応なのかについて多くの議論がある。ある医師らはMCSは純粋に心理的障害であると信じており、その他の医師らは、あまり理解されていないが、化学的暴露に対する生理学的反応であると考えている。また、生理学的及び心理学的要素の両方がMCSの病因における役割を部分的に果たしているということもできる(Bock and Birbaumer 1997; ヨsterberg et al 2005; Das-Munshi et al., 2007; Haustener et al., 2007)。

 それにもかかわらず、又はおそらく、この議論のために、根底にあるMCSの生物学的なベースと人によって異なる広範な症状が未解決のままとなっている。実際に、ウィンダー(Winder (2002) )によるレビューは、24をくだらない可能性ある原因メカニズムを特定した。

作用様態
 有害な健康結果の生物学的ベースを検討する時に有用な枠組みは、作用様態(mode of action)の概念-作用連続体(action continuum)のメカニズムである。

これは観察される影響の原因を調べるために異なる証拠の必要性の理解に役に立つ。この概念は化学物質のリスク評価に用いられ、動物モデルで観察される有害影響又は人に観察される症状に関連する規制を行うために必要な証拠のレベルを決定するのに役に立つ。

 作用様態は、観察される毒性学的影響(例えば有毒な実体への代謝、細胞死、再生・修復、及び腫瘍)に導く一連の主要な生物学的出来事として定義される。

仮定される作用様態は実験的観察及び関連する機械論的なデータによって支援されるが、それは作用のメカニズムと対照的であり、それは影響の分子的ベースの十分な理解と一般的に関わりがある。

作用の様式の概念は、リスク評価という文脈で毒性学的データを解釈したり、追加的な関連研究を勧告するに時に、重要になってきた。

ひとつより多くの作用様態がMCSに関連する広範な症状を生み出すことに関わるかも知れない。


3.1 可能性あるMCS作用様態の概要

 MCSの原因となる因子に関する規制的、臨床的、又はその他の行動を起こすのにふさわしいベンチマークとしての証拠の作用様態レベルを用いて、MCSの原因に関しどの報告書が生物学的に妥当で科学的に試験を実施できる仮説を反映して検討されているかを特定するために、入手可能な文献のレビューが行われた。

この分析は臨床での更なる調査とテストを正当化する理論を特定する。

 MCSの原因として特定された仮説を下記に記す(順不同)。

備考:MCSを特性化することには困難があるので、仮説についての議論は徹底的なものではなく、人によっては不完全であるとみなされることがあるかもしれない。

さらに、特定の仮説の証拠の重みはここに示す概要より強いかもしれない。

 因果関係及び病因を説明する作用様態のためのこれらに関する又はその他の試験できる仮説のための追加の科学的情報が求められる。


3.1.1 免疫学的調節障害

仮説:免疫障害は、MCSが化学的に誘因される免疫系の障害によって引き起こされるということを提案している(Levin & Byers, 1987; 1992; Meggs, 1992, 1993)。

この理論では、化学的感受性が高められるなどの免疫メカニズムと、古典的なアレルギー反応に関わるものとを区別する。

 古典的なアレルギー反応は、アレルギー抗原に対して生体を変え、生物化学的に測定することができる免疫学的パラメーター(血清IgE、IgG、補体レベル、又はリンパ球数の増加など)に変化をもたらす特定の細胞又は抗体反応に関するものである。

 アレルギー疾患の共通のマーカー(すなわち、血清IgEの増加)は、MCS対象者には見出されないということが言及されている(Labarge & McCaffrey, 2000; Bailer et al. 2005)。

しかし、MCSの原因としての免疫障害を支持する病因論的メカニズムの詳細は提供されていない。

 あるMCS患者らは 末梢血リンパ球サブセットの変化、循環活性T細胞の比率の増大、又は組織抗原及び化学的蛋白結合に対する異常血清抗体の増大などのある免疫学的変数の変化を示すが(Rea et al. 1992; Thrasher et al. 1990; Heuser et al. 1992; Levin & Byers, 1992)、特定の免疫学的欠陥を示す一貫した異常のパターンは発見されていない(Simon et al. 1993; Graveling et al. 1999)。

 全体として、ある研究者らは、アレルギー反応又は免疫学的反応は、少なくともMCS患者の一部に寄与する要因となってることを認めているが(Selner & Staudenmayer, 1992; Albright & Goldstein 1992; Meggs, 1992; Interagency Workgroup, 1998)、標準化されたプロトコールの欠如、患者のテスト結果の幅広い変動、及び免疫系に影響を与える変数(例えばストレス、喫煙)の制御の欠如のために、発表されている報告書からMCSにおける免疫系の役割を評価することは難しい(Gad, 1999)。

研究課題:免疫障害はMCSと関連するかどうかをさらに検証する作業が必要がある。

そのような作業には、適切な品質管理、よく定義された臨床グループと特定の化学的課題をもった確認された免疫測定が含まれる(Mitchell et al. 2000)。


3.1.2 呼吸器系障害/神経性炎症

仮説:呼吸器系障害/神経性炎症は、MCSが化学的刺激物と感覚神経の相互作用によって引き起こされるかもしれないことを提案している。本質的には、この理論は吸入された化学物質が、神経抹消からの炎症伝達物質を局部的に放出する鼻粘膜中の感覚神経C-fibres上の受容体に結合し、呼吸器系の機能変更をもたらすことを示唆している。

 化学的刺激部における呼吸影響に加えて、MCSで見られる多臓器影響は、離れた組織で中枢神経系が放出する炎症物質を通じて引き起こされる逆方向感覚神経インパルスのメカニズムを切り替える神経性炎症を通じて起きると考えられている。

リウマトイド因子関節炎、偏頭痛、線維筋痛症(Fibromyalgia/FM) のような障害における神経性といわれるメカニズムと類似している(Bascom, 1992; Meggs, 1995, 1999; Meggs et al., 1996; Read, 2002)。

 メグスとクリーブランド(Meggs and Cleveland (1993))は、10人のMCS患者に鼻と喉のrhinolaryngoscopic 検査を実施し、全ての対象者に慢性炎症変化があることを報告した。ある化学物質に単回高用量暴露した後に鼻炎になった患者たちは低用量の化学物質及び/又は関連する匂いに慢性的に不耐性になるかもしれないということをある研究グループは示唆した(Meggs, 1995, 1999)。

バスコム(Bascom(1992))は、鼻粘膜の慢性的炎症から起きる神経性炎症は、MCS患者の低い感受性の閾値を説明できることを示唆した。

 化学感覚(chemosensory)の感受性と特殊性がMCS患者の暴露試験でテストされた。

スタウデンマイヤーら(Staudenmayer et al. (1993))による嗅覚マスキング剤を用いたプラセボ対照二重盲検試験(DBPC)で、MCS患者(20人)は、活性因子とプラセボ(嗅覚マスカーを含んだ清浄空気)について信頼性ある識別をすることはできなかった。

参加者毎との感受性、特殊性、及び効率のレーティングは一連のテストを通じて信頼性のある反応パターンを示さなかった(Staudenmayer et al. 1993)。他のDBPC試験で、18人のMCS患者を年齢と性別が対応するコントロールと比較した結果、フェニルエチルアルコール又はメチルケトンの嗅覚閾値に有意な変化は見られなかった。

 しかし、この調査では、MCS患者はコントロールに比べて有意に高いtotal nasal resistancesと高い呼吸数を示した(Doty, 1994)。

ハンメルらは、室内空気又2-プロパノールに暴露させた23人のMCS患者(カレンの基準に従い診断)のDBPC試験で嗅覚閾値に変化はないことを見つけた。しかし、2-プロパノールでのテストでは室内空気に比べて匂い識別性能が増大したが、これは揮発性の化学物質に対する感受性が増大していることを示唆している。

また約20%のMCS患者は暴露対象に関係なく症状を示したが、これは非特定の実験操作へのMCS患者の感受性を示唆している(Hummel et al. 1996)。

 上記作業の拡張を含むレビューで、ダルトンとハンメル(Dalton and Hummel (2000))は、23人のMCS患者と年齢性別対応のコントロールに対して嗅覚閾値をテストしたが有意な相違はないことを見出した。

またこのテストで、コントロールに比べて2倍多いMCS患者が暴露のタイプに関係なく症状を報告し、非特定実験条件へのMCS患者のより高い感受性を示唆している。

これらの著者らは、環境中の匂いの経鼻暴露への反応に関するMCS患者とコントロールの相違は、認識知覚プロセスの違い、すなわち、感受性や化学的感覚プロセスの違いではなく、どのように匂いが認識されるかの違いを反映しているように見えると結論付けた(see Section 2.2.4 Odour Perception)。

研究課題:入手可能なデータは、少なくともあるMCS患者の鼻又は上部気道に何らかの影響があることを示唆している。

しかし、nasal resistance の増加のような鼻の粘膜やその他の呼吸器系の変化だけではMCSで報告される多臓器系病理学を説明することはできない。

さらに、多臓器系病理学を説明するための神経切り替えメカニズムの関与(Meggs & Cleveland 1993; Meggs 1995; 1999))はMCS患者ではまだ実証されていない(raveling et al., 1999)。


3.1.3 大脳辺縁系燃え上がり(limbic kindling)/神経系過敏化

仮説:大脳辺縁系は、嗅覚、感情、学習、記憶に関連する脳内部の構造のグループである。大脳辺縁系は多くの認識、内分泌、及び免疫機能の制御に関与し、ある刺激に長い間繰り返し暴露すると反応が高まる過敏化プロセスに特に脆弱である(Gravelling et al. 1999; Sparks, 2000b)。

ベルらは、嗅覚-大脳辺縁系機能不全は、MCS患者らが経験するような多臓器多症候的症状(polysymptomatic conditions)をもたらすことがあると仮定した(Bell et al. 1992; 1997; 1998)。

 行動学研究の文脈において過敏化は、ストレスやドラッグの濫用への繰り返し暴露の後の行動的又は神経化学的反応の漸進的増加に一般的に関連する。

燃え上がり(kindling)は過敏化のひとつの形であり、以前には反応を引き起こすことはなかったが、後には発作を引き起こすこような、繰り返される間歇的、電気的又は化学的刺激の能力として定義される。

動物研究は、電気的又は化学的刺激への反応として脳生理学及び行動の様々な急性及び慢性変化を示している(Antelman, 1994; Gilbert, 1995; Sorg et al. 1998; Sorg, 1999; Labarage & McCaffrey, 2000)。

 MCSの文脈で、何人かの研究者らは、大脳辺縁系燃え上がりは時間依存の過敏化であり、それにより刺激の弱い化学的ストレス因子(薬理学的又は環境的)は時間経過とともに増幅される生理学的影響を引き起こすことが可能となること(Antelman, 1994))、及び大脳辺縁系燃え上がりはMCSの病因にある役割を果たすかもしれないこと(Bell et al. 1992; Miller, 1992)を提案している。

 MCSの嗅覚-大脳辺縁系神経過敏化モデルは、環境物質への反応における個々の相違が、嗅覚、大脳辺縁系、中脳辺縁系、及び中枢神経系(CNS)の関連経路の過敏化に対する感受性の神経生物学に基づく相違に由来するということを提案している(Bell et al. 1992; 1997; 1998)。

このモデルは、MCSに現われる広い範囲の様々な症状の説明として、中枢神経内の神経系、免疫系、及び内分泌系の間の相互反応におけるこの点を特筆している。

神経過敏化モデルは、大脳辺縁系神経ネットワークの興奮しやすさが低レベル化学物質暴露への反応性を増加させるかもしれないと主張している。

 初期の研究はMCS患者の脳内の電気的活動を描くことを試みた。

残念ながら、実験技術の乏しさと適切なコントロール群の欠如のために、これら対象の電気的異常の決定的な証拠を示すことはできなかった(Mayberg, 1994))。

ブラウンデガグンとマックグロン(Brown-DeGagne & McGlone (1999))による後の神経心理学的研究は、ベルの嗅覚-大脳辺縁系モデル内でMCS対象者の認識プロファイルを検証した。

対応するグループの比較は、MCS対象はコントロール対象とともに全ての認識タスクを果たした。

しかし、認識反応への影響を決定するときに、薬物使用又は慢性的病気のような絡因子(confounding factor)は考慮されなかった。

したがって、この研究からは嗅覚-大脳辺縁系モデルの有効性に関して決定的な結論は引き出すことができなかった。

 陽電子放出断層撮影(PET)は、ボルンチェインら( Bornschein et al (2002b))により12人のMCS患者の神経毒性学的又は神経免疫学的ダメージが検出できるかどうか調べるために用いられた。

正常なコントロール対象に比べて軽度のブドウ糖代謝機能低下が一人の患者に見られたが、MCS患者らは神経毒性学的又は神経免疫学的な脳の機能的変化の有意性を示さなかった。

 臭気閾値と知覚の研究で、カッカポロら(Caccappolo et al. (2000))は、フェニルエチルアルコールと不快な臭いのするピリジンに対する臭気検出閾値を評価した。

MCS対象者(33人)、慢性疲労症候群(CFS)対象者(13人)、コントロール(27人)、ぜん息患者(16人)にはなんら相違は見出されなかった。

フェニルエチルアルコールの閾値上刺激(suprathreshold)濃度に暴露した時に、MCS対象者は有意に高い三叉神経症状とフェニルエチルアルコールに対する低い美的レーティング(aesthetic ratings)を報告したが、より低い臭気閾値感受性又は臭気を特定する高められた能力を示さなかった(Caccappolo et al. 2000)。

この研究は、MCS対象者は健康な人に比べて高められた臭気感受性を持っておらず、認識、非知覚要素が臭気認識に役割を果たしているという考えを強化している(Dalton and Hummel, 2000)。

 MCS対象者における臭気処理についてのもっと最近の研究がPETを用いてヒルベルトら( Hillert et al. (2007))によって行われた。臭気暴露の後、不快感が報告され、心電図波形間隔の減少によって確認されたにもかかわらず、コントロール対象者らに比べて生理学的にMCS対象者らは正常な臭気処理を行う脳部位の活性が低いこと(局部的な大脳血流の変化により測定)を示した。

さらにMCS対象者は、前帯状皮質及び楔部-楔前部(cuneus-precuneus)の活性の臭気関連増加を示したが、コントロールにはこの影響は見られなかった。

著者らは、臭気回路中に一般的神経超感受性(supersensitivity)の証拠を報告しておらず、神経過敏化の兆候なしにMCS対象者は正常な人とは異なる臭気処理を行っていると結論付けた。

予期、注意、調整、危害回避、知覚選択に関連する脳部位を通じての臭気反応の”トップダウン”調整が示唆されている。

研究課題:大脳辺縁系の過敏化は心理社会的ストレス又は“生涯トラウマ(life trauma)”の出来事によって引き起こされ得る又は増大させられ得ることが提案されている。

一度過敏化されると、大脳辺縁系は、化学物質、騒音、及び電磁放射を含む非常に多くの因子に反応する(Arnetz, 1999)。

MCSにおける大脳辺縁系の過敏化のアルネッツ(Arnetz)モデルの支持は、フリードマンら( Friedman et al. (1996))によるマウスの実験で、ストレスが、周辺的に投与されたエバンのブルーアルブミン(Evan's blue-albumin)、プラスミドDNA、及びアセチルコリンエステラーゼ阻害物質 pyridostigmine に対する血液脳関門浸透性を著しく高めたことを示した動物研究から引き出されているかもしれない。

これらの発見は、ストレスの存在下で投与された化学物質の周辺作用が脳に届き、中枢制御機能に影響を与えることができることを示唆している(riedman et al. 1996)。

実際、ある研究者らはMCSの最も強い兆候のひとつは、MCS症状を発症する前の精神の病的状態であると報告している(Simon et al. 1990; Reid et al. 2001)。

 動物及び人による研究が、鼻腔の嗅覚部位から脳までの直接的な嗅覚神経経路を実証しているので、このモデルもまた人においても、鼻は、多くの分子のために鼻粘膜と嗅覚神経を通じて血液脳関門をバイパスする直接的な経路を提供することを前提にしている。

しかし、嗅覚神経を通じての鼻から脳への経路は動物では実証されているが、人でのそのような経路のメカニズムの証拠はまだ不完全であり、議論の対象である(Illum, 2004)。

 燃え上がり(kindling)が起きるのに必要な暴露レベルに関しては、動物における化学物質の燃え上がり又は時間依存の過敏化は、人にMCSを起こすと疑われている低用量よりはむしろ、典型的には薬理学的に有効な化学物質の用量に対応して起きる。

このことは、もし大脳辺縁系燃え上がりがMCSの病因の一部であったなら、例えば産業現場で化学物質に暴露している人々のように、もっと高いレベルの化学物質暴露を受けた人々の中にもっと高い有病率が予測されたはずであったが、そのような事実はない(Labrage & McCaffrey, 2000)。