・結論
化学物質過敏症は、充分な資金を得て広く行き渡っている故意の誤った情報キャンペーンの包囲攻撃網下にあり、それは、化学、医薬業界によって行われています。
彼らの目的は、化学物質過敏症に関して議論の錯覚を作りだし、化学物質過敏症の存在に疑問を投じることです。
これらの業界は、この疾患に脅威を感じており、彼らの産出物が有害かも知れないと言うメッセージに注意を払うよりもむしろ、そのように言う人を狙って追及することに決めたのです。
会社は、株主だけに恩義があるのですが、医療や政府は、その患者や市民のニーズに敏感に反応する必要があります。
この病気は存在しないか精神的な問題に過ぎない、と、不幸なことに、産業界は納得させてしまいました。
多くの医療や法律の専門家、政府、一般大衆、そして化学物質過敏症者の親しい人達までも。
その結果、この疾患自体で既に人生を頻繁に蹂躙されてきた人達は、適切な衛生管理、住居、就職の機会、そして障害者給付金を拒絶されています。
その上、化学物質過敏症者達は、自分達を助ける筈のまさにその機関や専門家達や人々からの敵意、無礼に度々耐えねばなりません。
例えば、化学物質過敏症の年輩婦人は、公営住宅を追い出されてホームレスになりました。職員達がそのアパートを改装すると主張し、彼女は、新しいカーペットや棚で具合が悪くなって住めなくなる、と事前に知らせたのですが。
全ての食べ物にアナフィラキシー反応するので入院したある女性の場合、担当医は彼女を精神病棟に移管しようとしました。強制食餌させるために。
ある校区では、化学物質過敏症の教師が、余りの長期欠勤で解雇されました。
その女性教師は、勤務に必要な宿泊施設を要請したのですが、それが用意されることはなく、その後でのことです。
ある元スチュワーデスは、荒野でテント生活をしなければならず、ある母親
と幼い子は、ひどい病気にならずに済む住居を見いだせず、車の中で暮らさねばなりませんでした。
化学物質過敏症で障害者になった男性は、働きたくても職業復帰の便宜を得られません。
他に、数え切れないほどたくさんの人達が、住むに耐えられる住まいを探せませんでした。
車の中で7年間暮らしてきた元マラソン選手もそうです。
毎年冬になると、彼女は凍傷にならないよう、苦心しています。
別の例では、トレーラーで暮らす化学物質過敏症の女性が州立公園から退去させられました。
冷淡な職員が彼女が居るのに殺虫剤を撒くと主張したからです。
その公園管理者はこう言いました。
「化学物質過敏症についてのテレビ番組を見たことがあるけれど、化学物質過敏症だと言う人々と和解する必要はないとそれで確信した。化学物質過敏症なんて存在しないからだ。」
その番組は環境感受性研究所の当時の事務局長を特集し、化学物質過敏症者を、いそうろう、そして不適合者、として描写しました。
化学業界の故意の誤情報キャンペーンにも拘わらず、そして、医師、法律家、裁判官、政府へのその影響にも拘わらず、化学物質過敏症については、増大する進歩が行われています。
これは、強さと勇気と献身と、全く多い化学物質過敏症者の証明です。
実際、化学物質に敏感になってきている大変多くの人達がいるため、その人達を無視したり、黙らせる試みは、結局失敗する運命にあります。
しかし、化学物質過敏症が認知されるのは時間の問題とはいえ、それが日々遅れることは、何百万人もの化学物質過敏症者の苦痛を長引かせ、他の何百万もの人々をそうなる危険に曝すことに相当します。
従って、医療、政府、社会に於ける人々は、産業界の誤情報キャンペーンを越えて見始めることが不可欠です。化学物質過敏症の本質と、緊急の必要性を認識し、この増大している流行病に取り組むために。
runより:これが現実というのが恐ろしい。
化学物質過敏症の症状は他人に伝わりにくい、それを逆手に認めたくない者共が好きな様に解釈しています。
最悪なのはニートと同じにされる事と精神病扱いされる事ですね。