一方、放射線の生物作用は物理的な反応で始まり、化学物質の持つ化学的変化を中心にした作用の本質や化学反応を主体とした修復機構と、本質的に異なっている。
放射線のもつエネルギーは、衝突した核酸など生体高分子や細胞内小器官などを手当たり次第、瞬時に破壊してしまう。
修復は行われても破壊された核酸や塩基の修復には必ずといってよいほどエラーが起こり、細胞内小器官が変質してしまい、完全には元には戻らない。
放射線の危険性は化学物質とは別次元のもので、化学物質ばく露のように“許容量”の概念が成り立たず、安全域があるなどとはいわせないのが放射線生物学の基本だったはずである。
最近の「修復遺伝子があるから大丈夫」などという醜悪な言説は確率的に不可逆的作用をする放射線影響の防護の理解には役立たない。
放射線の影響は確率的に(個々バラバラに低い頻度で)起こり研究しにくい
放射線の影響は、体内のどの部分に放射線があたって破壊が起こったかによって様々な障害が時間的にも空間的にもバラバラに起こる、すなわち確率的であることが重要な特徴である。放射線が長い鎖状の高分子である核酸(DNA)を損傷する場合、どこに衝突して切断が起こり、どこに修復のエラーで異常が残るかは、ランダム(バラバラ)である。
発がんを直接おこすDNA領域に異常が残ることもあれば、間接的に発がんに関わるDNA領域もある。当然、放射線により、どの臓器、どの細胞のDNAに異常が残ったかによって、がんになる臓器、がんのタイプも異なる。マウスに放射線をあてた実験では、彼らの寿命に近い2年後になって影響が表れる遅発影響とか、世代を超えて2-5世代先に様々な経世代影響が知られている。ヒトへの影響が明らかになるまでの時間も、短期にがんが生じる場合から、世代をまたぐ長期の場合まであり、多様だ。
化学物質による発がんでは、効率の良い発がん物質を一定量与えれば100%の頻度で発がんを引き起こすことができる。
ところが放射線の場合に100%起こせることと言えば、一定以上の高線量で細胞死、個体死を起こすことくらいである。
放射線による発がんでは、個々の腫瘍の発生頻度は低く、発がんではない様々な細胞死、個体死がランダムに起こってしまう。放射線の被害として白血病は良く知られているが、高い放射線を浴びせても最大で35%程度しか発症しない。
しかも発生する白血病の種類もランダムかつ様々であることが知られている。
放射線の健康影響が確率的であることは、マウスなどを使って実験的に発がんを証明することを著しく困難にしている。
化学物質を使った発がん実験では、起こる変化はすべてのマウスに共通で、同じ実験をくりかえせば同じ結果がでる、すなわち再現性がある。
ところが10匹のマウスに放射線を照射しても、1-2匹程度しか白血病は発症しない(低い発症頻度)。
またその10数%の白血病でも、がんのタイプは様々である(様々なDNA領域などの障害に対応)。
何よりも困難な点は、特異的な共通の変異(特異なタイプの発がん)が無いため、つぎに同じ実験を繰り返しても全く同じ結果は得られない(再現性が確率論的にしか得られない)ことである。