・出展:ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議
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NEWS LETTER Vol.74
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・胎児期曝露によるピレスロイド系農薬の子どもの発達への影響
―脳血管形成を指標にしてー
国立環境研究所環境リスク研究センター 曽根秀子、今西哲、米元純三
脳の血管系は、脳が正常に機能するために極めて重要であり、その障害や疾患は脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など重篤で後遺症が残るなど大きな社会問題となっている。
成人だけでなく、発達期の子どもの脳の血管形成が正常になされないと、脳の発達が阻害される可能性がある。
発達期における脳の血管形成には多様な生理的化学物質が関与しており、環境化学物質や薬剤などが影響を及ぼす場合がある。
合成ステロイド剤を胎仔期に曝露を受けたラットでは、血管の発達不全が原因となって、中枢神経の発達が阻害される研究報告がある。
またアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患では、脳毛細血管の異常について報告があり、脳の血管系に関わる研究は重要である。
一方、神経疾患に影響する環境化学物質としては、殺虫剤ロテノンがパーキンソン病様症状を起こすことが動物実験で知られており、それ以外にも殺虫剤を含み農薬は、自閉症スペクトラム(広汎性発達障害)との関連がこれまでに指摘されており、子どもの健康への影響が懸念されている。
そこで脳発達に重要な脳血管形成を指標として、殺虫剤ペルメトリンについて動物実験で検討した。
ピレスロイド系農薬ペルメトリンは、除虫菊の殺虫成分を元に合成されたもので、天然の成分より分解しにくく殺虫効果が長く、現在も多量に使用されているが、研究報告は少ない。
まず、ヒト胎児脳由来正常血管内皮細胞を用いて、培養系で管腔形成(血管形成の初期過程)への影響を調べたところ、ペルメトリンは血管形成を阻害するサリドマイド同様に、管腔形成を阻害した。次に、妊娠マウスにペルメトリンを単回投与し、子マウスへの影響を脳血管形成や遺伝子発現、行動実験などから調べた。
脳の血管形成は、マウス妊娠7~9日に始まり、生後60日まで継続する(人では妊娠8~10週に始まり、18歳まで継続)。
ペルメトリンを妊娠10日のマウスに2、10、50、75mg/kgの濃度で経口投与し、妊娠17日目の胎仔マウスの脳を調べたところ、2mg/kg以上で血管の長さが短く、微小血管の枝が増えるなど不正な血管形成が確認された。
また血管形成に異常のあった子マウスの脳を調べたところ、脳の新皮質や海馬など重要な領域の厚みが一部減少し、その領域ではノルエピネフリンやドーパミンなどの神経伝達物質が正常に比べ有意に上昇し、血管形成に関わる遺伝子の発現にも変動が見られた。
さらに妊娠10日にペルメトリン曝露した8、12週の雄の子マウスでは、自発行動への影響も確認された。
投与する時期を検討したところ、妊娠5日目投与の子マウスではより感受性が高く、異常な血管形成が脳に多く見つかったが、妊娠15日投与では異常が見つからなかった。
妊娠5日目投与の子マウス8週齢の行動を調べたところ、雄マウスでは立ち上がり行動が減少し、雌マウスでは行動抑制が見られるなど、行動実験においても影響が確認された。
ペルメトリンを新生期に曝露すると、子ラットが成熟してから神経障害を起こすという動物実験も既に報告されている。
以上のことから、妊娠初期の感受性の高い時期にペルメトリンに曝露すると、血管形成異常など、その後の胎児や子どもの発達に影響を及ぼす可能性がある。
アメリカの疫学研究では、幼児の尿中にペルメトリン代謝物が検出されており、日常的な曝露が予想される。
日本でもペルメトリンを含みピレスロイド系農薬は農業だけでなく家庭用殺虫剤や家庭園芸でも使用されており、大気中でも検出されている。
ピレスロイド系殺虫剤など農薬の子どもの発達への影響について、さらに研究が必要であり、同時に適切な規制も重要であろう。