8.結論
(1)ハイリスクグループ
胎児
(2)耐容週間摂取量
メチル水銀2.0μg/kg体重/週(Hgとして)
根拠フェロー諸島前向き研究とセイシェル小児発達研究の二つの疫学研究から、前者のBMDLと後者のNOAELを考慮し、両者の毛髪水銀濃度10ppmと12ppmの平均値である11ppmから、ワンコンパートメントモデルを用いて算出された、妊婦の一日当たりのメチル水銀摂取量を根拠とした。
この際、不確実性(毛髪水銀と血中水銀の濃度比および排泄係数の個体差)を考慮して、不確実係数4を適用した。
対象集団 ハイリスクグループを胎児としたことから、妊娠している方もしくは妊娠している可能性のある方が対象となる。
9.まとめと今後の課題
今回のリスク評価では、ヒトのコホート研究のデータを用いた。
研究対象は、最も感受性が高い胎児期に曝露を受けた児童であり、エンドポイントも、最も鋭敏な神経行動学的、神経心理学的、あるいは神経生理学的な多種類の検査により検討がなされた。
対象地域のセイシェルとフェローでは、民族的背景、食生活、言語を含む文化的環境や自然環境等大きく異なっているが、それぞれのNOAELに相当する値とBMDLは、大きくは異ならなかった。
したがって、データの不確実性は小さいと考えられ、委員会は、二つの研究結果に基づきリスク評価し、モデル構築に伴う不確実係数を考慮して耐容週間摂取量を算出した。
このリスク評価では、考慮されていないことがいくつかある。
とりわけ栄養素も含めた食品中の他の成分の交絡作用については、充分に評価されたとは言い難い。
それは、これまでそのような視点からの研究がほとんどなされていなかったことが主な理由である。
PCBを代表とする様々な神経系への影響を持ち得る食品中の汚染物質とその複合曝露に伴う影響については、現在行われている研究も含め、検討に耐えうる知見が集積した時点で、リスク評価を行う必要があろう。
毛髪水銀濃度がパーマネントをかけることによって減少することも報告されているが、考慮しなかった。それは、二つのコホート研究において対象となった妊婦がパーマネントをかけていたか否かは明らかにされておらず、解析でも考慮されていなかったことから、不確実性に取り込むことが不可能であったからである。
さらに、毛髪水銀濃度が低下することは、血中水銀濃度の推定値を低く見積もることになり、より安全サイドに立った評価を行っていることになるからである。加えて毛髪と母体血の水銀濃度の比の変動の要因の1つである可能性もある。
近年、成人におけるメチル水銀曝露が冠動脈疾患や動脈硬化のリスクファクターであるとの研究結果が報告されているが、否定的な報告もあり、今後のさらなる研究が必要である。
したがって、このリスク評価においては考慮しなかった。
今後のこの方面の研究がより推進され、その成果によってはあらためて評価の対象とする必要もあるかもしれない。
メチル水銀曝露の殆どがそれを含む魚の摂食によることは明らかであるが、その一方でn-3系多価不飽和脂肪酸をはじめとする魚の摂食による栄養学的なメリットがあることを忘れてはならない。
つまり、メチル水銀濃度が高い魚を多量に食べることを避けることで、魚食のメリットとメチル水銀摂取量の低減を両立することができる。
なお、魚種毎のメチル水銀含有量については、平成16年8月17日薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会乳肉水産食品部会資料(薬事・食品衛生審議会(1))等にて公表している。
今後は、魚食の栄養学的なメリットに関する研究や、魚を含む食品によって摂取されるメチル水銀の影響発現の交絡因子の研究が必要である。
さらに、魚の含有する水銀量についての詳細で十分なサンプル数に基づくデータベースの構築も必要であろう。
それだけではなく、国民の充分な理解を得られるようなリスクコミュニケーションが必要なことは言うまでもない。
runより:これにてこの論文は終わりにします。
データ等を含めると半分にも満たないのですが、難解さを増すのでここまでとしました。
水銀の恐怖への入り口として見てもらえると幸いです。