3.メチル水銀の毒性に関する知見
生体に対するメチル水銀の毒性については、WHOの環境保健クライテリア(EHC)をはじめとするすぐれた総説(WHO(4), NRC(7), ATSDR(8), etc.)において知見が整理されており、中枢神経系に対する影響が最も典型的なものであることが知られている。
メチル水銀は、経口摂取された場合、速やかに腸から吸収され、血液を介して、全身の組織に速やかに分布し、摂取量が多い場合には、水俣病やイラク(かびの発生防止のためにメチル水銀で処理された種まき用小麦を摂食したことによりメチル水銀中毒が発生。)の事例で知られるような中毒が認められる。
特に、メチル水銀は血液―脳関門機能が完成されていない発達中の胎児の中枢神経が最も影響を受けやすい。
上述のように、ヒトは主として魚介類を介してメチル水銀曝露することから、一般環境に居住している妊婦のメチル水銀曝露と胎児への影響を調査することの重要性が指摘されてきた。
近年、主要な国際機関において耐容摂取量について検討されている。
(1)メチル水銀の主要な疫学研究
①フェロー諸島前向き研究(コホート調査)・・・・・・
1986年3月1日~1987年12月末の間に出生した児と母親1,023組(この時期の出生総数の全体の75.1%)をコホートとして登録し、7歳および14歳時に神経行動発達検査が行われた。
胎児期のメチル水銀曝露といくつかの神経生理学、神経心理学上のエンドポイントの間に統計的に有意な関連が見られた。
②セイシェル小児発達研究(コホート調査)・・・・・・
予備調査として、1987年および1989年に出生した804組の母子コホートを対象に、出生後5~109週および66ヶ月でRevised Denver Development Screening Test (DDSTR)等を用いた調査が行われ、有意な水銀の影響が見られたが明確でなかった。
本調査は、1989年~1990年の1年間に出生した779組の母子コホートとして、6.5、19、29、66ヶ月、9歳時に神経発達検査が行われた。
いずれも、小児の神経、認知、行動へのメチル水銀曝露の影響は見出されなかった。
③ニュージーランドの疫学研究(コホート調査)
妊娠中に週3回以上魚を食べているとした約1,000人の母親の毛髪水銀濃度を測定し、高濃度水銀群73人(母親の毛髪水銀濃度が6ppm以上:子供は双生児がいたため74人)と対照群にわけ、4歳時の38人の子供を対象にDenver Development Screening Test(DDST)で調査を行ったところ、異常もしくはそれが疑わしい結果が、対照群で17%に対して高濃度水銀群で50%であり、その差は統計的に有意であった。(Kjellstrom et al., 1986(9))
その後、6~7歳時に57組の子供を対象にして、WISC-RとTOLDで調査を行ったところ、3つの対象群(①妊娠中の母親の毛髪水銀濃度が3~6ppm、②妊娠中の母親の毛髪水銀濃度が3ppm以下で、週に3回を越えて魚を頻繁に食べるもの、③妊娠中の母親の毛髪水銀濃度が3ppm以下で魚の喫食頻度の低い者)と比較された結果は、平均毛髪水銀濃度13~15ppmで検査成績の低下と関連したが、メチル水銀曝露の寄与は小さく、子供の民族的な背景が大きかった。(Kjellstrom et al., 1989(10))