(3)胎児期の汚染物質への曝露
さらに、汚染物質をあびるとその影響はすぐ現れるとする考え方をマイヤーズ氏は批判しました。
最近のマウスを使った実験から、胎児期に汚染物質に曝露するとその後長い期間を経てから疾患が生じることがわかってきました。
これは、汚染物質に曝露した個体に疾患が出るだけでなく、直ぐには気づかないような染色体異常がその次の子世代、あるいは孫世代になってから影響を与えることも含みます。
4.今後の課題
今まで見てきたように、遺伝子の働きによる疾患は、非常に低濃度の汚染物質への曝露によっても生じます。
どのような疾患が出るかは、汚染物質同士の複雑な相互作用により、予測することができません。
しかも疾患の発現するタイミングは次の世代の可能性さえあります。
これらは、従来の科学観に則った検証に限界があることを意味します。
この点で、マイヤーズ氏は最近の発見が画期的なものであると主張しました。
では、私達はどのような対策を立てるべきなのでしょうか。マイヤーズ氏は、低濃度であれば汚染物質に適切な処理を施すことで無害化できるはずだという根拠の無い従来の科学観を棄て、有害な可能性のある化学物質そのものを使わずに社会を設計する概念が必要だと説きました。
こうした新しい規範を「グリーン・ケミストリー」と呼びます。「グリーン・ケミストリー」は新しい科学の規範となり得ますが、まだ科学者の間でも十分な理解を得られていません。しかし、将来大きな被害が出た後になって「グリーン・ケミストリー」の概念の正しさがわかっても手遅れです。
被害が出てから、汚染物質を規制するのではなく、被害が出ないように汚染物質になりうるものをできるだけ規制する、という発想の転換が必要なのです。
5.総括
現代では、化学物質の恩恵を受けない人はいません。
そして私達の多くが、化学物質によって生じる被害を実感しないで生涯を終えることができています。
ですが、公害の被害者は言うに及ばず、近時報道されています化学物質過敏症の方などのように、化学物質の濫用によって辛い思いを余儀なくされる人がいます。
しかも、自分がいつ被害者になるかはわからないのです。
自分が吸引した化学物質の影響が子や孫の代ででる可能性もゼロでないのであれば、たとえ自分の健康が損なわれていなくてもできるだけ化学物質を排出しない社会を目指す必要性は高いとも言えます。
本講演でマイヤーズ氏が提唱した「グリーン・ケミストリー」の概念は、無秩序な工業化に大きな枷をはめる点でハードルの高いものですが、多くの人の健康を守る上で示唆に富むものでありました。
【報告:高井賢太郎】