・Ⅱ.身体表現性障害に含まれるという判断
1.身体表現性障害に含まれる疾患
身体表現性障害は診断名ではないので,「身体表現性障害と診断される」という表現は適切でない。
身体表現性障害に含まれると判断するためには,DSM-IVやICD-10において前項で取り上げた疾患のいずれかと診断されることが不可欠である。
2.併存する精神疾患(comorbidity)について
かつての精神疾患の診断学では,統合失調症は躁うつ病,うつ病,神経症の症状を,また躁うつ病,うつ病は神経症の症状を呈しうるという階層構造があった。
すなわち統合失調症患者が憂うつ感や不安感を訴えても,うつ病や不安神経症という診断は追加しなかったし,うつ病患者に不安発作がみられても,不安はうつ病の症状であると考えて,診断はうつ病のみとしてきた。
しかしICDやDSMなどの診断基準では,複数の精神疾患が合併している(併存;Comorbidity)と認める場合があり,たとえばDSM-IVでは発作性に強い不安感を呈するうつ病患者には大うつ病性障害とパニック障害という診断が併記される。
一方,個々の診断基準が併存するとは判断しない基準を示している疾患もあり,たとえば疼痛性障害(DSM-IV)の診断基準には「疼痛は,気分障害,不安障害,精神病性障害ではうまく説明されないし,性交疼痛症の基準も満たさない」,心気症(DSM-IV)には「そのとらわれは,全般性不安障害,強迫性障害,パニック障害,大うつ病エピソード,分離不安,または他の身体表現性障害ではうまく説明されない」と記載されている。
3.原因のはっきりしない身体愁訴に対する診断
身体表現性障害に含まれる疾患をICDやDSMに従って厳密に診断することは容易でない.。
併存する精神疾患まで診断することは難しいし,かといってそれを軽視すれば誤った治療につながる。
精神科以外の医師に最低限記憶しておいてほしいことは,原因のはっきりしない身体愁訴を訴える症例の診断において,統合失調症,あるいはうつ病と診断される可能性がないかという検討だけはきちんとしておく必要があるという点である.。
原因のはっきりしない身体愁訴がいくらあるにせよ,同時に統合失調症やうつ病と診断されうる症状を有する場合はその治療を優先させる必要がある。
身体表現性障害に関する知識はあるが統合失調症やうつ病の知識が乏しい場合,身体表現性障害の面ばかり見えて,より治療に緊急性を要する疾患を見落とすことになりかねない。
特に若年者では統合失調症,中高年以降の症例ではうつ病と診断されえないかを検討する必要がある。
Ⅲ.身体表現性障害周辺の概念
1.心身症
心身症と診断するには2つの条件を満たす必要がある。
第1は,身体疾患の診断が確定していることである。
明らかな身体疾患がない場合は心身症と呼ばない。
第2は,環境の変化に時間的に一致して,身体症状が変動することであり,たとえば仕事が忙しいときや緊張したとき,身体症状や検査所見が増悪することで判断される。
消化性潰瘍,気管支瑞息,潰瘍性大腸炎などの身体疾患ではこの特徴を有する頻度が高いといわれるが,「気管支喘息は心身症である」という言い方は不適切であり,「この症例の気管支瑞息の状態は心身症と判断される」と言ったほうが適切であろう。
また,同じ症例でも,環境が変わるたびに身体症状が増悪する時期と,環境が変わってもほとんど身体症状が変動しない時期を認めることがある。
この場合,「この症例の気管支喘息の状態は,この時期には心身症の特徴をもつ」と言えばさらに厳密である。
心身症と,あらゆる疾患は心身両面から治療すべきであるという心身医学の理念とが混同されることがあるが,心身症を上記のように厳密に定義すれば,疼痛性障害などの一部を除いて鑑別が問題になることはない。
2.心気症
日本の精神医学では,身体愁訴に見合うだけの身体的病変がない状態や何らかの身体疾患に罹患していることを気に掛ける症状を心気症状と呼んできた。また,身体疾患を認めないにもかかわらず罹患していることを確信し,周囲がいかに説得してもその確信が修正されない場合を心気妄想という。
ICD-10の心気障害やDSM-Ⅳの心気症はより狭義であり,身体愁訴を訴える患者のなかでも特に「何か重大な病気にかかっているのではないか」という考えに強固にとらわれている場合を取り上げている。
典型的な例では,「自分が癌ではないか」という考えにとらわれ,執拗に検査を求める。適切な検査と医学的判断のもと「問題がない」と説明されても,「癌ではないか」という不安が続く。
このとらわれに関連して患者は痛みやしびれなどの身体愁訴を訴えることもあるが,患者の関心の中心はこれらの症状よりも,癌などの重篤な病気にかかっているのではないかという心配に向いている。
日本で従来言われてきた心気症にICD-10やDSM-Ⅳを適用すれば,多くは身体表現性障害に含まれるいずれかの疾患と診断されると考えてよい。
3.自律神経失調症
内科を中心とする身体科において,さまざまな身体症状を訴えるが,それを説明するだけの身体病変がない病態に対して用いられることが多かった。
自律神経という身体面の異常とも聞こえる呼称のため,安易に用いられてきたのかもしれない。
筆者は,第1に自律神経症状がはっきり認められるわけではないため,第2に診断としてこの用語を用いることでかえって統合失調症やうつ病の発見が遅れる可能性があるため,この用語は用いないほうがよいと考えている。
明確な診断基準があるわけではないため,このなかには身体表現性障害に含まれるいずれかの疾患だけでなく,統合失調症やうつ病まで含まれてきた可能性がある。