・ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議より
http://www.kokumin-kaigi.org/kokumin03_53_07.html
・ニュースレター 第56号 (2009年4月発行)
国民会議学習会「子どもの健康と環境ホルモン」報告
エストロゲン様内分泌撹乱化学物質と男性性機能低下
国立成育医療センター研究所小児思春期発育研究部 緒 方 勤先生
2009年2月28日、国民会議公開学習会「子どもの健康と環境ホルモン」が開催されました。「エストロゲン様内分泌撹乱化学物質と男性性機能低下」と題して国立成育医療センター研究所小児思春期発育研究部 緒方勤先生にお話しをいただきましたので、その要旨を報告します。
(報告:松崎早苗・水野玲子)
環境ホルモン問題がマスコミに報道されなくなってから早や5年ほどになるが、この学習会には熱心な多くの人が集まった。
講師の緒方先生はわれわれの会には初登場でどんなお話が聞けるかと興味津々で待った。
はじめに、男児の生殖器形成の異常に関する病気の様子と最近の傾向が丁寧に説明された。尿道下裂とは、男児の尿の出口がペニスの先端でなく付け根の方になっている病気のことだ。
この疾患は、男の胎児の男性性機能の発達期に必要な大量の男性ホルモンが不足するために起こることから、女性ホルモン様(エストロゲン様)作用を持つ環境ホルモンの影響を疑われている。
この病気の発生頻度は日本では1970年以降増加が著しいが、アメリカと比べると絶対数はまだ非常に少ない(有効な対策をとらないとアメリカ並みまで行く?)。
先生の研究は、そもそも尿道下裂になりやすい遺伝的感受性が強い人がいるのではないか、というところから始まっている。
また、停留精巣とは、睾丸が腹腔から下りてこないで腹腔内に留まってしまう病気で、やはりエストロゲン様物質によってインスリン様ホルモンが不足するために、精巣導帯が十分に伸びないことにも起因する。
これらの疾患は同時に他の男性機能の低下とも連動することが多い。精子数の傾向については、これまで多くの議論がなされてきたが、アメリカでもやはり減っていると認識された。
さらに、精巣腫瘍も先進諸国で増加傾向でもある。
緒方先生の本題は、疾患の遺伝的感受性の研究である。わずかな量の化学物質を同じように被曝しても、発症する人と発症しない人がいることは良く知られているが、そのために化学物質の影響を確立できず、影響が無いかのごとく結論されてしまうことが多い。
そこで、なぜ感受性にバラつきがあるのかをテーマとして研究している。主要な環境ホルモンは女性ホルモン(エストロゲン)様物質であることから、これらが体内に入ったとき結合するエストロゲン受容体(ER)に着目する。エストロゲン受容体はとくに感度がよく、エストロゲン様物質とも結合する。
そして、何が個人の遺伝的素因をきめているかといえば、それはER遺伝に特異的な塩基配列(ミニ知識参照)パターンである。
ヒトの遺伝子はすでに解読されているので、ERタンパクを暗号化している遺伝子の配列(らせん状分子についている特長的な塩基部分)の中で病気と関連が深いと考えられている配列部分のさまざまな塩基の違い(バラツキ、多型)を調べた。停留精巣の子どもとそうでない子ども、尿道下裂とそうでない子どもについて比較解析(ハプロタイプ解析)したところ、配列の一定部分(ブロック)にはっきりした差が見られた。解析法は複雑でここに正しく報告することは難しいが、健康な人との差が大きいブロックの出現頻度は、停留精巣の子どもで7.5倍、尿道下列の子どもでは13.75倍だったという。
このように大きな差のある指標を見つけられた意義は大きく、化学物質が環境ホルモンとして働くか否かを判定する道が一つ開けたといえよう。
このような結果が明らかになった理由のひとつとして、内分泌化学物質(環境ホルモン)が進化の淘汰を受けられないほど新しい物質群だからかもしれないという。
またこの解析法は、低用量で影響があるかどうか議論になっている物質に関する、敏感なバイオマーカーになり得ると考えている。
もう一つのテーマはエピジェネティックスである。エピジェネティックスとは、遺伝子のDNAにメチル化などの修飾がつくことでその遺伝子の働きを抑制する仕組みのことをさす。正常なメチル化の働きに異常がおきると病気の発生につながる場合があるので、外部から入ってきた化学物質がメチル化の異常を起こしている可能性やその因果関係を研究しているのである。
先生は最後に、現代の成人より小児の方がより病気になりやすいと明言した。
それは、同様に病気になりやすい素因をもっていたとしても、現代の小児の方が大人より曝露量が多いからであるという。
臨床の現場にいると患者から学ぶことが多く、従前の毒性試験ではっきりとした結果が出なかったから安全だということは言えない。
そこを何とかクリアーにしたいと考えて研究している。外因性化学物質に感度が高い群を見つける方法をさらに増やして、確かに敏感な群が存在していることを示すことが求められている。
また環境要因よってメチル化の異常が起るエピジェネティックス変異は、それを人為的に元に戻すことは不可能である。
このため、あくまでも化学物質に曝露されないという「予防原則」、と同時に環境汚染を減らしていくという「予防原則」が重要である。
DNA、遺伝子、その構造や発現過程という一般人には難しい内容であったが、質問にも丁寧に答えていただき、今後NGOのレベルアップにつながるだろうと思われるシンポジウムになった。
ミニ知識:遺伝子はDNAの一部分で、ヒトの場合、DNA(二重らせん)全体の約2%しかありません。遺伝子は(当然、DNAも)は4種類の塩基(A,T,G,C)で表され、遺伝暗号文字ともいえますが、特定の順で並んでいます。このように塩基が並んでいる状態を塩基配列と呼んでいます。
従来の化学物質の影響評価は、遺伝子DNAの塩基配列に変化を起こすかどうかに重点がおかれてきましたが、エピジェネティックスは遺伝子の塩基配列には変化を起こさず、塩基配列にメチル化など特殊な物質を修飾(付加すること)することによって遺伝子発現が制御されることや、その因果関係などを解明する遺伝学の新しい分野です。