・B.神経系と脳機能における変化
電磁場への被曝は、アルツハイマー病や運動ニューロン疾患、パーキンソン病について研究されてきた(4)。
これらの病気は全て、特定の神経の死を伴い、神経変性疾患として分類されるだろう。
高レベルのベータアミロイドたんぱく質はアルツハイマー病のリスク要因で、ELF に被曝すると脳内でこの物質が増えるという証拠がある。
メラトニンがアルツハイマー病につながるダメージから脳を守るという考慮するべき証拠と、ELF への被曝がメラトニン濃度を下げるという強固な証拠がある。
そのため、アルツハイマー病の発症に対する体の主要な防護の一つ(メラトニン)は、ELF に被曝すると利用できる量が少なくなる、という仮説が設けられる。
ELF 場に長く被曝すると、神経細胞の中のカルシウム(Ca2+)レベルが変わり、酸化ストレスが発生する(4)。
ELF への長い被曝は、発射と同時に起こる神経細胞(とくに、大きな運動神経)を刺激し、毒性の増強によって損傷につながる可能性もある。
被曝と神経変性疾患、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)との関連性についての証拠は、強固で比較的一貫している(12 章参照)。
全ての論文が被曝と病気の統計学的に有意な関連性を示しているわけではない。しかし、アルツハイマー病についてオッズ比2.3 倍(95%信頼区間=1.0-5.1、Qio ら、2004)、オッズ比2.3 倍(95 信頼区間=1.6-3.3、Feychting ら、2003)、ALSについてオッズ比3.1 倍(95%信頼区間=1.0-9.8、Savitz ら、1998)、オッズ比2.2 倍(95%信頼区間=1.0-4.7、Hakansson ら、2003)は、単純に無視することはできない。
アルツハイマー病は、神経系の疾患だ。長期間のELF 被曝がアルツハイマー病のリスク要因だ、という強い証拠がある。
てんかん性疾患のある人は、RF 被曝の影響をより多く受けやすいのではないか、という懸念も高まっている。知られている他のストレッサー(訳注:ストレスを引き起こす刺激)の神経学的影響の類似点に基づくと、弱いRF への被曝は、ストレッサーになるかもしれない。
弱いRF は、精神に影響を与える薬物と同様の経路で働く脳内の他の物質と、体内で作られるオピオイド(訳注:麻酔)の両方を活性化する。
実験動物でのそのような影響は、中毒に関わる脳の部分の薬物影響によく似ている。
実験研究は、人間と動物の神経系はどちらも、ELF とRF に敏感であることを示す。
脳機能と行動について測定可能な変化は、携帯電話の使用を含む新しい技術に関わる被曝レベルで発生する。
携帯電話電磁波に被曝すると、SAR値0.1W/kg と同じ低さで、人間の脳波が活性化する。
ちなみに、アメリカが認めたレベルは1.6W/kg で、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)が認めたレベルは2.0W/kg だ。それは記憶と学習、正常な脳波活性に影響を与える。
弱いELF とRF への被曝は、動物の行動を変化させることができる。
携帯電話と携帯電話使用によって発生した電磁場が、脳の電気的活性に影響を与える、という小さな疑念が存在する。
脳機能の影響は、いくつかの例では、被曝している間の対象者の精神的な負荷によって決まるようだ(脳の同じ部分が二つの仕事に関わると、脳は同時に行なわれる二つの仕事を上手くこなせなくなる)。
いくつかの研究は、携帯電話への被曝が脳の活性レベルを速くするが、同時に、脳の効率と判断力は低下することを示している。
ある研究は、10代のドライバーが携帯電話電磁波に被曝しながら運転している時、高齢者と比べて反応速度が遅くなった、と報告した。
考えるスピードが速いからといって、より質の高い思考をしているとは限らない。
脳と神経系の反応の変化は、特定の被曝に非常に大きく依存する。
大半の研究は短期被曝の影響しか見ていないので、長期間被曝の結果はわかっていない。
影響を決定する要因は、頭部の形と大きさ、位置、脳内組織の大きさと形、頭部と顔の薄さ、組織の水和、さまざまな組織の厚さ、組織の誘電率などによって決まる。その人の年齢や健康状態も、変動性が大きい要因だ。
被曝状況も研究の結果に大きな影響を与え、周波数や波形、被曝の方位、継続期間、電磁波発生源の数、信号のパルス変調、いつ測定されたか(RF への反応は遅れる場合がある)によって、正反対の結果が出る。
ELF とRF テストの結果は変動性が大きく、テスト結果に影響を与える要因の変動性に応じて予測されるだろう。
しかし、いくつかの被曝状況の下で、人間の脳と神経系の機能が変えられることは、はっきりと証明された。
長期間の被曝、または延長された被曝の結果は、成人でも子どもでも綿密に研究されていない。
青年期の始めまで神経系が発達し続ける子どもに対する長期被曝の結果は、今のところ、わかっていない。
ELF とRFの両方に幼い者が数年間被曝すると、思考、判断、記憶、学習、行動全体の管理に関わる能力が減少することにつながり、社会の機能と成人の健康に対する深刻な暗示になる。
弱い無線アンテナ電磁波に慢性的に被曝する人々は、睡眠障害(不眠)、疲労、頭痛、めまい、ふらつき、集中困難、記憶障害、耳の中で音が鳴っている様な感覚(耳鳴り)、バランスと方向の障害、マルチ・タスキング(訳注:同時または交互に複数の作業を行うこと)の困難さ、といった症状を訴える。子どもの場合、携帯電話電磁波への被曝は、記憶作業をしている間ずっと、脳の振幅活性が変化することにつながる。
科学的な研究は今のところ、原因と影響の関連性を裏付けることができないが、こられの病訴は、無線技術がかなり発達し広く行き渡った国々(スウェーデン、デンマーク、ドイツ、イタリア、スイス、オーストリア、ギリシャ、イスラエル)では一般的で、一般の人々の大きな懸念を引き起こしている。
例えば、新しい第三世代携帯電話(そしてオランダの地域広域アンテナRF 照射に関わる電話)の開始は、ほとんど同時に、一般人々の病気の訴えを発生させた(5)。
行なわれてきた少数の研究結果が対立しているのは、国際的に被曝している環境と比べるために、実験用の非被曝環境を作る難しさに基づいているかもしれない。
研究のために実験室へ移動する人々は、多数のRF とELF に実験前に被曝する。
そのため、彼らは実際の実験をする前に、すでに被曝の兆候を示している。
行動変化を実験するRF被曝の結果は遅れて現れる、ということも事態を複雑にしている。
影響はRF 被曝が終わった後で観察される。
これは、神経系の継続する変化は、時間がたってから明らかになるので、短期間の実験では影響が観察されないことを示す。
携帯電話タワーやアンテナからのRF 送信機への全身被曝、そして携帯電話やその他の個人用機器からの被曝を含む、無線技術に長期間被曝した影響は、まだ確実にわかっていないだけだ。
しかし、すでにある証拠の主要な部分は、生体影響と健康影響が、申し分無く低いレベルでも発生し、発生させることが可能だ、と示唆している。
影響が起きるレベルは、公衆安全限度値の数千分の一以下だ。
その証拠は、深刻な公衆衛生の結果(そして経済的コスト)の可能性を論理的に示す。
その可能性は、一般の人々の広範な使用と、そのような電磁波への被曝で世界的な懸念になるだろう。
新しい無線被曝に関わる認識機能の消失や発症率のわずかな増加でさえ、大きな公衆衛生の結果、経済的・個人的結果になるだろう。
疫学研究は、被曝の数10年後だけで健康への有害性を報告し、「平均的」な人口の中で大きな影響をとらえることができる。
そのため、有害な可能性があるという疫学研究の早期警告は、今、政策決定者に真剣に受け止められるべきだ。