・文献(省略)
・2)-2 携帯電話機による曝露の影響
携帯電話機の高周波出力電力は小さく(日本のディジタル方式の電話機では最大平均電力が270mW)、さらに基地局との距離に応じて必要最小限の出力で通信するように制御されている。
このため、人体の曝露は全身では微弱である。
一方、人体頭部の直近で使用されるために、アンテナに近い部位のみについては、人体への局所曝露に関するガイドラインに近いレベルの曝露となる。
このことから、アンテナ付近に位置する脳への影響、特に脳腫瘍との関連性に関心がもたれている。
携帯電話使用者についての疫学研究は、1995年前後から始められた。携帯電話の形態、方式に変化があり、現在のように普及する以前の使用者はそれほど多くないこと、がん等の遅発性の疾病に対して疫学調査を行うには曝露期間が短いという限界がある。
それでも、これまでいくつかの研究が報告されている。
Muscatらは469人の脳腫瘍の症例(年齢は18-80歳)とマッチされた対照422人に対して調査を行った(Muscat 2000)。
その結果として、症例の14%、対照の18%が携帯電話を使用していた。分析の結果、使用経験(OR 0.9)、使用年数(OR 0.7)、使用時間(OR 0.7)、使用側と腫瘍の位置(OR 0.9)のいずれも脳腫瘍と携帯電話使用についての関連は見られなかった。Muscat(2002)はその後、聴神経腫90症例(対照86)についても報告し、携帯電話の日常的使用との関連性を見出さなかった(OR 0.9)。Muscatの2つの研究は病院対照が採用されている。
Inskip(2001)の研究では、脳腫瘍の症例782(神経膠腫489例、髄膜腫197例、聴神経腫96例)、対照799に対して、使用経験(OR 0.9)、日常的使用(OR 0.9)、使用時間(OR 0.7)に携帯電話の使用との関連性は見られなかった。
この研究でも病院対照が用いられている。症例数は多いが、使用期間が短いことが限界となっている。Auvinenら(2002)は、フィンランドにおける398症例の脳腫瘍、34症例の唾液腺がん、各症例に対し5例の対照について、携帯電話の使用との関連性を調査した。
その結果、脳腫瘍(神経膠腫と髄膜腫OR 1.3)、唾液腺がん(OR1.3) で、携帯電話の使用との有意な関連性は見られなかった。
Johansenら(2001)はデンマークの420095人の携帯電話契約者を対象にがんの発症数についてのコホート研究を報告した。その結果、脳腫瘍(SIR 0.95)、白血病(SIR0.97)、全がん(SIR 0.59)とも携帯電話の使用との関連性は見られなかった。
携帯電話の使用と脳腫瘍の発症については、いずれの研究も有意な関連性を認めていない。
但し、がんの誘発期間の長さに比べて、曝露から影響調査の時点までの間隔が短い点が本質的な問題点であり、脳腫瘍に無関係であることを証明するものではない。
このような限界はあるが、ここでも携帯電話の使用が極端な悪影響を及ぼさないことが示唆されている。
一方、携帯電話使用の持ち手と脳腫瘍の側との関連についての議論がある。Hardellら(1999,2000,2001)は、脳腫瘍209症例と対照425に対し、携帯電話
の使用と脳腫瘍の発症には関連が見出されなかったが(OR 0.98)、携帯電話機を使用している側に脳腫瘍が多発する(OR 2.42)、また頭頚部のX線診断歴(OR 1.64)との関連を示唆した。
しかし、患者による自己報告であることから想起バイアスを避けられないという問題点が指摘されている。
その後Hardellら(2002)は、脳腫瘍の症例1303とマッチした対照による症例対照研究を行い、やはり脳腫瘍の発症と携帯電話の使用に関連はみなかったが、腫瘍と持ち手の同側性について再び報告した。
すなわち、アナログ電話の使用と同側の半球ではOR= 1.8、コードレス電話ではOR= 1.3、アナログ電話と同側の側頭部の発症ではOR=2.5であった。
しかし、逆側の腫瘍の発症がいずれも0.5から0.8であることなど、想起バイアスが排除されないとの批判がある。
Hardellらによるこれらの研究に対しては、研究手法に対してAhlbomFeychtingによる批判(1999)がある。
現在WHOの付置機関である国際がん研究機関(IARC)では、携帯電話しようと頭頚部の腫瘍との関連について、わが国を含む14カ国で国際共同疫学研究プロジェクト(Interphone Study)を開始している。
この研究では、携帯電話によって強く電磁界にさらされる部位と脳腫瘍の発症部位の関連を含めて、より詳細な検討が予定されている。
このプロジェクトによって安全性についてのデータが補強されることが期待されている。
なお、携帯電話による脳腫瘍のリスクに関しては、スエーデン放射線防護局から2002年9月に詳細なレビューが刊行されている(Boice 2002)。
文献(省略)