この10年間で、さまざまな方々、さまざまな音楽に出会いました。
当初ヒーリングミュージックをしようと思っていた私が出会ったのは
クラリネットのクラシックプレイヤーの方たちからはじまり
トロンボーン、ヴァイオリンの素晴らしい演奏家の方。
そしてギタリストの方、歌手の方。同業のピアノの方
さらに世界的な舞踊家の方とのコラボレーション、
ジャズの世界の素晴らしい方たち、ロックの世界の方、作編曲家の方
さらに見えないエネルギーを扱う方たち・・・


これだけ、沢山のジャンル、沢山の切り口の音楽体験を
することができる、ということは、あまりないことのように思えてきます。

私は時間や機会は神様だと思っていましたが
家族には行き当たりばったりと思われていたようです。
そのような部分もあったかもしれませんが、やはり時間は神様でした。

素晴らしすぎる方たちと出会っていたので
自分自身がよく見えすぎて、もがき続けていた10年でもあります。
でも最近、少し変化してきているように思います。

精神的なもがきに加えて、練習するたびに起きていた
全身の筋肉痛が薄らいできました。
ヘルニアの痺れも、まだ残っていますが、ずいぶん減ってきました。

光が見えているように思います。
今が明るいというよりも、星と道(目指す所)がわかったというような感じでしょうか。

さまざまな音楽や、感じた感覚を統合していきたい。
それを極上の音に紡いでいきたい。
そして、その音を沢山の方たちとわかちあいながら
以前からずっと思っていたこと・・・ジャンルのない真の音楽の喜びを
私自身と、聴いてくださる方とで共有していきたいと思います。

ジャンルや枠をどんどん越えていきます。そして仲間を増やしたいです。





喧嘩しても仲直り~♪できる。
そんな小さなことは忘れて
みんなみんな手をつなごう。
みんな手をつなごう。
ほら 空は青く輝いてる。。。

さあ 歩こうよ
さあ 踊ろうよ

・・

5月に恵比寿でライブをしたとき、
とっさに私は、アドリブのメロディを弾きながら
しかも歌詞を口ずさんでいました。
そして頭の中には、ラインダンス。

・・・とっさに自分自身の脳内を見たようなひとときでした。
半世紀生きても、基本的には子供の私。。。?!?!


昔々、いじめられっこの時期がありました。
かばんを隠されたり、無視をされたりしても、
それが、弱視で変な眼鏡をかけているのに
先生に贔屓にされているのが気に入らない、という理由と知っても、
いつか、そんな理不尽は終わる、と信じて、平気で学校に行き、
休み時間は誰もいない裏庭で、花や虫で遊んでいたような子でした。
この不思議な時期は、私の転校で終わりました。

今でも、大人になっても理不尽なことはあります。

そして国同士でも、同じようにあります。

気が付かなくて、相手の気に入らないことをすることと
気に入らないからと、無視やいじわるをするのはどちらがどうなのでしょう。
相手が弱いからと、都合の良いように接していいのでしょうか。
深く傷ついたほうは、ずっとそのことを覚えていてしまうのです。
何年も何年も、そして何十年も何百年にもにわたる戦争は
人間の本質を示しているものかもしれません。

でも、少しでもそれが減り、和解が増えれば、そのことで氷が溶けるように
大きなレベルでも何か変化があるかもしれない。

そう考えると
個人のレベルで私ができることは?と、そんなアイディアも出てきます。

許す、忘れる、気にしない。
ことばでかくと、さらさらとしているけれど、これはどれも実は
体育会系なことのように思います。ストレッチのように日々やっていく。

そして、そんな種を「つくらない」「させない」「しない」ように・・・
私にできることは?

ほんとうにほんとうに、世界の平和は、個人のレベルからかもしれません。













亡き義母のひとえを、着つけていただいて初めて着ました@木村真紀さんの着物コンサート。

古い着物は、着るとなんだか朝ドラの中に紛れ込んだみたいです。

どれだけ嬉しいかというと、こうやって載せるくらいうれしくて
どうしてこんなに嬉しいのだろう。・・・?

いつか、着物を着て義母のところに行って喜ばせてあげようと思っていた想いが
ずいぶん遅くなったけれど叶ったから・・・?

ただ単に、着物を着れたからか・・?


木村真紀さん、愛ある企画と歌をどうもありがとうございました。
歌からずっと離れていましたが、歌詞のある歌は聴くと良いものですね