先日、BS FOXチャンネルで
「バベル」を観ました。
2007年4月公開当時
観ていなくて、
重そうなテーマっぽい感じだったのと
自分のプライベートが
忙し過ぎて
なかなか重たい映画は
観られなかった(気分的にも、時間的にも)
ここ数年ですが
退職したので、
この前観た
「ボルベール 帰郷」のように
テレビ放映などのチャンスで
インプットにも力を注いで
教養を深めていきたいと思います~。
バベルは
「ミス コミュニケーション」がテーマだそう。
聖書からきている
「バベルの塔」には
いろんな意味や解釈があるそうです。
まあ、聖書っていつもそうだよね。
小さな誤解や、ちょっとした気持ちのすれ違いや
偶発的な出来事があって、
それをそのままにしておくと、
さざ波のように 波及して
ついには
大きな出来事となる。
世界は、こうして
実は繋がっているんだと
思いました。
過信した
「私には何だってできる」
「世界は変えられる」
という思いに反して、
現実は 時には絶望的だったり
救いが無かったりもする。
でも、一方で
小さな救いや、幸せや
好循環があったりもする。
それらには
言葉や国、文化の違いは
実は関係無かったりするんだよ。
そこに囚われると
本質を見逃すし、
問題は 実は違うところにあるんだよ、
というメッセージもあるのかなぁ・・・。
ブラッド・ピット
ケイト・ブランシェット
役所広司
菊池凛子 ・・・他出演
ハリウッド俳優や
日本人が出演していたことと、
賞にノミネートされたことで
メジャーな映画になってしまいましたが、
本来は
ミニシアター系などで観せるような
知的で大人のお客さん向けの
映画だと思います。
だから、きっと
「わけわからん!むずかしい」
という感想で終わった人も
多かったのではなかろうか・・・。
菊池凛子が演じた役は
とてもおもしろい視点だと思いました。
彼女が
男性に自分の身体を見せたがるのは、
現実に苛立っていて 認めてほしいから。
思春期の若い女性が
何かに苛立っているような表現は
映画でよく出てくるね。
彼女の場合は、
聾唖だということがわかると急に、
周りの人は(特に男性が描かれている)
彼女のパーソナリティーに
触れる前に、
「モンスター」を見るかのように遠ざかっていく。
でも、彼女は
若い自分の身体を見せることで
私は 他の健常者と何ら変わらない、
ありのままの自分を受け入れてほしい、
と切実に訴えている気がする。
そう思う反面、
「ありのままの自分」だけでは
ハンデのある自分は
受け入れられないことを
彼女は痛いほど 十分わかっている。
だから、
「あなたも、こういうのだったら好きでしょう?」
と、今しか無い、刹那的な
女子高生というブランド価値を持つ
若い女性の身体(最大の武器とも言える)を
晒すことで、
男性を嘲笑しつつも、
何とかして相手に避けられず
受け入れてもらいたいと
しているような気がしました。
クレイジーで冗談めいたように
描かれていますが、
同性として見ると
切実な気持ちが伝わってくるような気がします。
もちろん、
まともな男性だったら、
引いてしまう。
ドン引きです。
・・・そのやり方は、
あまりにも直球で愚か。
でも、今の彼女には
そうすることしか
出来ないのでしょう。
悲痛な叫びが
聞こえてくるようでした。
素直に自己肯定できないのは、
周りの否定もあるし、
彼女の両親が
彼女を守りきれなかったのも
原因のひとつかもしれないですね。
あと、謎を謎のまま
余韻として置いておく、
というのも
おもしろいなぁ、と思ったよ。
彼女が メモ用紙に書いた
思いの丈をぶつけたような手紙の
内容は、観客には明かされない。
イケメン刑事さんは、
やりきれない想いで
一人、ラーメン屋さん(だったかな?)で
焼酎かなんかを飲んでいるシーンだけ。
絶望的なシーンが多い中で、
ケイト・ブランシェットが退院するシーンや、
ブラッド・ピットが子供の他愛無い会話で
涙腺がゆるむシーン、
あとはこの刑事さんの「良心」が、
小さな「救い」を観客にもたらします。
あぁ、世の中も
まだ捨てたもんじゃないな・・・と。
(ここで 簡単に誘惑に負けて女子高生と
いかがわしいことになったら
本当に絶望的です・・・)
悪いことも、
良いことも、
小さなことが波及して
大きくなって、 ついには世界が変わっていく。
国が違えば
言葉や文化、習慣は
違っていて
それは誤解や絶望を生みがちだけれど、
同じ国どうし、人種どうしでも
それは じゅうぶん起こりうる。
結局、
人種や国が同じどうしでも
わかりあえなかった というパターンが
この映画では、
形を変えて いくつも出てきた。
・兄弟での諍いや自己顕示欲から
偶発的な殺人事件へ
・同じ言葉を持つ観光客どうしが、
自分も巻き込まれたくないばかりに 事件の被害者を置き去りに
・家族のコミュニケーションや愛情の伝え方がうまくいかず、
母親が自殺し、父親も娘をどう扱って良いかわからず、
娘も自虐的な行為へ
そう考えると
人の感情や良心が、
最後の砦となるのかなぁ・・・と
思いました。
どんなことも、
良くも 悪くも
両方の可能性や展開を秘めている。
小さな判断や決断が
それをどちらかへ引っ張る。
過ちを犯しがちな人間だけれど、
それをフォローしたり
助け合ったりするのも、また人間。
それらに 言葉や国は関係無い。
神はきっと、
それを上から見ているんだ・・・
そう思った映画でした。
最後の、
天空に続くかと思うような
東京の高層マンション
(「バベルの塔」の比喩?)で抱き合う
不器用な親子
(娘役の菊池凛子はイブのよう?)のシーンも、
いろんな意味を秘めているのでしょうか・・・
最初は けっこう渋々見だした映画でしたがw
途中から夢中になり、
主人は途中で寝て
私一人で 最後まで観ましたw
観て良かったなあ~と思ったよ。
数年後に、また観たら
違う感想を持つかもしれません。
そういう映画でした☆