東洋では60歳を「一甲子」と呼びます。
干支が一巡し、生まれた年の組み合わせに戻ることから、新しい人生の始まりとも考えられてきました。
昔、定年が60才で、いまは65才なりましたが、つまり、定年はもう
「人生が終わりに近づく年齢」
ではなく、
「もう一度、新しい人生が始まる年齢」
という意味が込められているのです。
私はこの考え方がとても好きです。
なぜなら自然界を見ても、命は年齢で成長をやめないからです。
先日、庭に落ちた雛鳥を見ました。
何度も飛ぼうとしては落ち、
また飛ぼうと挑戦していました。
親鳥は近くで鳴きながら見守り続けていました。
その姿を見ながら思ったのです。
命とは本来、
学ぶ
試す
失敗する
またやる
この繰り返しなのだと。
赤ちゃんも同じです。
歩くことを覚える時、
転んだからやめようとは思いません。
何度も挑戦し、
転び、
また立ち上がります。
だから歩けるようになります。
けれど大人になると、
失敗したくない
恥をかきたくない
もう年だから
今さら遅い
そんな言葉を自分に向けるようになります。
しかし本当にそうでしょうか。
命は本来、年齢によって成長を止めるようにはできていません。
むしろ経験を重ねた分だけ、より深く学び、より深く味わい、より深く人を理解できるようになります。
人生は競争ではなく、成長の旅なのだと思います。
どれだけ成功したかより、
どれだけ学んだか。
どれだけ人を愛せたか。
どれだけ自分を成長させられたか。
その方がずっと大切に感じます。
命がある限り、
私たちは学び続けることができます。
挑戦し続けることができます。
成長し続けることができます。
一甲子とは、
人生の終わりではなく、
もう一度「人生という学び」を始めるための節目なのかもしれません。
学ぶ。
試す。
失敗する。
またやる。
それは赤ちゃんだけの特権ではありません。
私たちもまた、生涯を通して成長し続ける存在なのです。
平均寿命100才は、すごい意味があります。
私達は、大きな可能性と豊かさが受け取れる時代に、いまいます。





