ボディラブ❤️トリニティインストラクターのエミールさわこです。
なにか課題にぶちあたったときに
あなたはその答えをどこに求めますか
答えをあなたの外側求めますか
それとも
答えあなたの内に求めますか
この答えにはもちろん正解はない
人生の課題の答えは
どこにでもあるといえばそういうことかもしれません
つまりわたしもあなたもその区別のない
ほんとうは不分離の世界を知っている
わたしたちにとっては
あなたもわたしもない
内側も外側もないのですから
その答えもそこかしこに転がっているといえばそうなのかもしれないと思いませんか。
わたしたちが目の前見ている現象は
すべてがわたしたちの共有した世界言えるかもしれません。
あえて言えば
それを分離しているのは
わたしなのです。
わたしたちの内側が外側とを区別する
そうすることによって
わたしを独立させたいのかもしれない
知覚出来るわたしという領域に限定して
これがわたしと言いたい
あなたとわたしは別よと。
でもね本質的には
その分離のないところから
私たちは来ているのです。
こういう気持ちを味わえるようになってきたのは
ボディラブトリニティの体験を深めていくようになってからです。
それまでは分離感が非常に強くて
その分離感で苦しんでいるわたしがいました。
人生で生きていることが苦しい時に
これは20歳ぐらいから
瞑想をはじめたものです。
それは『この人生の苦しみの答えは
きっと「わたし」が知っている』という
確信があったかのよう。
瞑想をとおして
その「わたし」からの答えを
得られるような気がしていたのです。
その瞑想を深めるために
当時は
ヨガの師のところへ行ってみたり
禅寺の門を叩いてみたり
チベットの高僧の教え受けはじめ
五体投地一日何百回と行なってみたり
インドやネパールへ一人旅に出かけたり
20歳の頃から人生の道を求めた
翻弄の旅がありました。
人生の答えは
内側も外側にも
どこにも転がっているて
知らなかったのです。
この時言っていた内側のなんでも知っている「わたし」は
今考えると「内なる神」
だったと言えるかもしれません。
だがしかし
この「内なる神」と言っている間には
まだまだ強烈な分離感が
根底に残っているのでした。
ということで
この続きは次回のブログにします。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
