介護認定の通知が届いた。

要介護1

なんとなく、ズンっと気持ちが重くなった。

客観的にも、介護が必要なことを明確に示された。


この後、何をすればよいのかわからず、AIに聞いて、居宅介護支援事業所に連絡してみた。


すぐに、責任者の方が家に来てくれて、サービスの受け方、契約手続き、介護指示書作成の依頼等、説明してくれた。


まだ、介助まで必要とする段階ではないし、高齢者ばかりの場所に通うのも、浮いてしまうと思うので、訪問看護でリハビリ的なサービスから使ってみようと思う。


1年前は、家族でラグビー観戦をしていた。まだ、夫も一人で電車に乗って、国立競技場まで行くこともできた。今は、歩き慣れた近所の散歩でも、道に迷う不安を感じるようだ。

64歳、若年性認知症は進行も早いと言われている。1年後はどうなっているのだろう?


まぁ、考えても仕方ないので、適度に刺激になるイベントを企画して、夫の今をそのまま受け入れるしかないな。


一人で抱え込まないように、頼れる先を広げていこうと思う。

「母の日、何も手配してなかった申し訳ない。」

夫の母は他界しているので、私の母にいつも気遣いをしてくれる。


「母の日」は忘れないんだな。


娘との買い物の約束、介護判定の連絡の有無、

大切だと思っていること、気になることを

繰り返し確認してくる。


短期記憶が抜けていることが多くなり、慣れた場所でも迷うようになり、確実に認知症が進んでいることを感じるこの頃。


何度も聞いてくること、今のところ面白がっていられる。本人も、何度も聞いている気がするらしいけど、聞いてしまうらしい。すっぽりと記憶が抜けてしまうらしい。


行き慣れたショッピングセンターでも、トイレから戻る道がわからなくなる。「私が連れて行くわ!」と80代の私の母が、60代の夫を引率してくれていて、可笑しくなった。こんな日々も幸せなのかもしれない。


「百花」という認知症の親との関係を綴った小説の一説が、沁み渡ってきた。


「人は、記憶を失っていく。でも、そのプロセスの中で、その個人は、痛いほど、悲しいほど、愛おしいくらいに、その人であり続ける。」


認知症とは、最後の日を迎える前に、その人本来の姿に戻るプロセスなのかもしれない。


9日間入院して、食事制限や投薬で、

血糖値も、ようやく落ち着いてきました。

合併症やガンの懸念もなく、まずはよかった。


ただ、フロアをまたぐと病室に戻れなくなり、

看護婦さんに助けを借りながら、戻ってきたと。

先生の話も、勘違いして認識してしまうことも、

何度となくあり、少しずつ進んでいるのかもしれない。


病院の帰りに、介護保険の申請をしてきました。

80代の母より先に、夫の介護保険申請を

することになるとはね。

地域のケアプラザ、明るくテキパキと説明される

職員が心強く、様々なサービスが地域にあることもわかりました。

ただ、高齢者ばかりの中に、60代の夫が通う気になるかな?


「家族には会いたいと思うし、忘れないけど、

 看護婦さん達の顔、すぐ忘れるんだよね。」

今はまだ、そう話してくれるので、

今日を記録しておこう。