「母の日、何も手配してなかった申し訳ない。」
夫の母は他界しているので、私の母にいつも気遣いをしてくれる。
「母の日」は忘れないんだな。
娘との買い物の約束、介護判定の連絡の有無、
大切だと思っていること、気になることを
繰り返し確認してくる。
短期記憶が抜けていることが多くなり、慣れた場所でも迷うようになり、確実に認知症が進んでいることを感じるこの頃。
何度も聞いてくること、今のところ面白がっていられる。本人も、何度も聞いている気がするらしいけど、聞いてしまうらしい。すっぽりと記憶が抜けてしまうらしい。
行き慣れたショッピングセンターでも、トイレから戻る道がわからなくなる。「私が連れて行くわ!」と80代の私の母が、60代の夫を引率してくれていて、可笑しくなった。こんな日々も幸せなのかもしれない。
「百花」という認知症の親との関係を綴った小説の一説が、沁み渡ってきた。
「人は、記憶を失っていく。でも、そのプロセスの中で、その個人は、痛いほど、悲しいほど、愛おしいくらいに、その人であり続ける。」
認知症とは、最後の日を迎える 前に、その人本来の姿に戻るプロセスなのかもしれない。