笑いは祓い あなたが笑えば 世界が笑う
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かろやかに。

今更ながらですが。。。初詣のお話爆  笑

 

 

 

夫のリクエストで

富士河口湖の河口浅間神社へ参拝させて頂きました。

 

 

御神体は、言わずと知れた「富士山」です。

 

 

 

富士山を仰ぎ見る、こちらの神社は

864年に噴火した富士山を鎮めるために建立されました。

 

 

 

 

 

 

正式参拝をさせて頂き

宮司さまに富士祝詞を奏上して頂いたのですが

夫が言うには、仙骨(Sacrum:聖なる骨と呼ばれている)に

ビンビン響いてきたのだそうですびっくりアップ

 

私は笑い泣きあせるあせるあせる

 

 

 

 

こちらは歴史が長い神社だけあって

御神木の杉が見事なんです。

樹齢1200年を越す見事な杉。

 

 

山肌かとみまごうような杉の木肌。

 

 

 

 

木という概念をすっ飛ばしてくれるような

圧倒的な存在感というか、
言葉にできないなにかがビンビン伝わってきます。
 
 
 

 

 

社殿を取り囲むように

100本以上の大木が並び

壮観です。

 

 

 

奥にある山宮にも参拝をさせて頂きました。

 

 

 

 

 

修験の道が、この山宮から

母の白滝と父の白滝まで続いています。

 

 

 

 

 

数年前のことですが、

母の白滝で滝行をさせて頂いたことがあります。

 

母の白滝(お写真はこちらからお借りしました)

 

 

 

いえ滝行なんていうのも申し訳ないくらい。

もちろん、その道の修験の先達に

導いて頂いてのことですから

礼儀は弁えてさせて頂きましたが。

 

 

 

この日は風もなく穏やかで暖かな参拝日和でしたが

社殿近くの川でさえ、流れが凍りついていましたから

きっと白滝も、凍っているのでは無いかしら。

 

 

 

 

この凍てつく中で、

滝行をされていらっしゃる方がいるかと思うと

人の思いの力には底知れないものがあるのだと

思わずにはいられません。

え?凍っていたら出来ないって?

全部凍ってしまったら無理ですね。

 

私も昨年は年末年始も、

家で水行をしていましたが笑い泣き笑い泣き笑い泣きあせる

 

 

 

 

 

 

 

今年も、先行きはいろいろありそうですが

どんなことがあっても

今年はこれで行こうと思います。

 

 

 

 

「 かろやかに

  かろやかに 」

 

 

 

あなたは、どういう一年にしますか?

 

 

 

明けましたね。

明けまして、おめでとうございます。

 

 

風もなく、晴渡った青空。

穏やかで、静かなお正月です。

例年なら、きっと多くのかたが神社へ参拝に出掛けたことでしょう。

 

 

 

 

 

今年は、「土の時代」から「風の時代」に変わったのだとか。

正確にいうと、昨年の冬至から

「風の時代」に入っているらしいのですが

 

どっしりとした土の時代の価値観を手放して

吹き渡る風のように軽やかな風の時代へ。

 

 

でも、「土の時代」から「風に時代」に変わる過程では

土が風に巻き上げられて、砂煙が舞うこともあるかもしれません。

 

その変化を読みきれないと

砂煙で前が見えないかもしれません。

 

 

 


また干支から見ると「辛丑(かのとうし)」の年は、
「痛みを伴うけれど、新しい時代が始まる」
という年なのだとか。

 

 

痛みをどう解釈するのか。

単なるポジティブシンキングではなく

自分の人生の羅針盤にしていくには

どうしたらいいのか。

 

 

あなたの痛みは実は、

〇〇と〇〇の成分からできています。

「え?なぁ〜んだそういうことだったの?」

 

 

その辺りを、今年はもっとお伝えしていこうと思います。

 

必要としているあなたのもとに

届きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミキ作り」その後。

こんにちは、らららエナジスト京湖です。

 

 

 

先日の「ミキ作り」へのお誘い↓

 

ご報告の後編です。

 

 

 

まずは宮坂清宮司様の祝詞で始まりです。

参加者全員でお祓いを受け

八剱神社の本殿でお祈りをさせて頂き

ミキ作りをスタート。

 

 

 

 

 

詳細は、ミキ伝道師の田町まさよさんの

ブログをご覧くださいまし♪

 

 

 

 

先人からの祈りと智慧のこもった贈り物である

奄美沖縄の発酵飲料ミキ。

 

 

 

 

ミキとは?(田町さんのご説明によると)

お米とサツマイモで作る奄美沖縄の伝統発酵飲料のこと。

名前の由来は、神様に捧げる“お神酒・オミキ”で、
神事祭事の際に島の霊力のある女性の神職“ノロ”が
祈りを込めて、
作っていたものなのだそうです。

 

 

 

 

田町さんが作られてきたミキちゃんを種ミキとして

参加者全員で祈り、

愛を込めてグルグル・グルグル右回し❤️

(エネルギーが入る回し方です。

 本殿でのお祈りに始まり

 お米の洗い方から始まって

 全ての過程が祈りそのものと

 言ってもいいくらいでした。

 それはパワフルなミキちゃんになりますよね。)

 

 

 

帰宅後、皆さんで作ったミキちゃんを種ミキとして

早速作ってみましたよ。

実践が大切ですからね〜。

 

 

 

紫芋と安寧芋と雑穀米の

少しピンクがかった可愛いミキちゃん❤️

我が家では「ミキちゃん」と呼んで愛でておりまする。

 

 

 

 

 

 

そのミキちゃんとお塩と唐辛子で

冬野菜のお漬物。

旨し〜〜〜〜〜❤️

 

 

 

 

 

 

お野菜は、自然栽培のナチュラル・ハートさんから

届いたばかりのものです。

 

 

 

 

これだけで、ご飯をおかわり出来ちゃう

美味しさ♪

 

 

あ〜〜〜〜〜幸せ❤️(笑)

 

 

 

『天地(あめつち)の恵みと

 これをもたらして下さった皆さまの

 御働きに感謝をして

 命のもとを謹んでいただきます。』

 

 

 

 

但し、何事も鵜呑みは禁物です。

発酵食品が全て素晴らしいとは限らないし

身体に合わない方もいらっしゃるそうなのです。

それで身体の調子を崩す方もいらっしゃるそうです。

 

 

その食品が自分の身体に合うかどうか

簡単なチェック方法を書いておきます。

 

 

その食品を取り始めてから

なんとなく身体の調子が良くない。

やめたら身体の調子が戻った。。。(目安としては2週間くらい)

という場合は、それが自分の身体に合っていない可能性があります。

 

 

全てのことを自分の身体と心に聴きながらやる!

これ、本当に大事です。

 

 

自分のことは、本来自分が一番よくわかるはずなのです。

もしそれがわからないとしたら

自分の魂とのラインがこんがらかっているのかも。

 

そんな時は、ご相談くださいまし❤️

 

 

 

 

 

11月23日 今日は何の日?

こんにちは、京湖です。

 

 

今日は何の日?

 

「勤労感謝の日」って、答えた方。

もしかしたら、20〜50代かしら(笑)

正解です。

 

 

 

 

 

ですが、実は「勤労感謝の日」は、

第二次世界大戦後の昭和23年に(GHQの管理指導で。。。

祝祭日から国家神道の色彩を払拭するという方針のもとで

新たに祝祭日を選定し直す事になり、

紆余曲折あって変えられたものです。プンプンプンプン汗ガーン汗ガーンガーン汗

 

 

 

変えられたのは、この日だけではありません。

2月11日の建国記念日。

この日は「紀元節」といいました。

初代・神武天皇がご即位された日として祝日だったのですが

この時に廃止されました。

 

 

その後、紀元節復活の動きが高まり、

「建国記念の日」として、1966年(昭和41年)に

国民の祝日として復活しました。

長くなるので、この話はいずれまた。

 

 

 

 

 

日本では古来から

「新嘗祭(にいなめさい・しんじょうさい)」

というご神事が、長きにわたり執り行われて来ました。

 

 

天皇陛下がご即位されて、初めて迎える新嘗祭は

「大嘗祭(だいじょうさい)」といいます。

一生涯に一度だけです。

今上天皇は、ご即位された昨年の秋に大嘗祭を行われました。

その時も、伺わせて頂きました。

 

 

 

 

 

 

天皇陛下が皇祖と神々に

その年に収穫された新穀などをお供えになり、

感謝の祈りを捧げたのちに

その新穀を神と共に召し上がるのです。

「神人共食」の儀といわれます。

 

 

 

 

稲穂は、ニニギノミコト様が天降られる時(天孫降臨)

三種の神器と共に

天照大御神様から授けられたものです。

 

 

 

加えて、お米は日本人にとって

大切な、大切な、

命をつなぐ食べ物でした。

一年かけて育てた稲が、

収穫の時期を無事に迎えられることが

どんなに尊いことであったのか

想像に難くありません。

 

 

 

日本は台風国でもあります。

大切なお米が、収穫の時期に台風に見舞われる。。。

自然の脅威に対しては

祈るような気持ちで見守るしかありません。

 

 

 

古神道の祈りとは

案外そういうところから生まれたのかもしれません。

 

 

 

 

 

ですから「新嘗祭」は

いわば日本人の原点ともいえる祭祀なわけで

数ある宮中祭祀の中でも、

最も大切なご神事といわれる由縁です。

 

 

 

儀式は、18〜20時の「夕の儀」と

23〜翌1時までの「暁の儀」に分かれているとのこと。

前日の鎮魂祭に始まって「暁の儀」で終わるこの祭祀は

神々と天地(あめつち)の恵みに感謝をして「神人共食」をして

そのエネルギーを頂くことが目的です。

 

 

 

伊勢神宮をはじめ全国の神社でも

この日は新嘗祭を行っています。

2000年近くに渡って受け継がれて来た祭祀です。

それだけでも奇跡のようなもの。

 

 

お田植えも稲刈りも、大切なご神事なのです。

「新嘗祭」も、天地(あめつち)の恵みに感謝をして

神様にお捧げし、共にいただく大切なご神事。

 

 

 

 

ですから、「新嘗祭」を「勤労感謝の日」という名称に

変えられたとしても

日本人のDNAに刻み込まれたものを

消し去ることはできないのです。

 

 

 

 

ちなみに天皇陛下は、この新嘗祭の日まで

新米を召し上がることは無いそうです。

 

 

 

 

 

以前は、新嘗祭の日は

天皇陛下が皇居の中にある神田で

稲の刈入れをなさるお姿が報道されていました。

 

今はどうなんでしょうか?

私はテレビを処分してから15年ほど経つので

今の状況は分からないのですが。

 

 

 

 

実は、皇居の吹上御所の側にある

この神田を間近で拝見したことがあります。

なぜって、皇居のご奉仕の会に

2度ほど参加をさせて頂いたことがあるからです。

75歳までの健康な日本国籍を有する老若男女なら

どなたでも参加できます。

ご興味のある方は、宮内庁のHPをご覧になってくださいね。

 

 

 

 

皇居の中で、写真を撮ることはできません。

(ですがカメラマンがみんなの集合写真を撮影して

 その写真をいただくことができます)

中に入る前に、青空のもとで感謝の写真をしたためました。 

 

       

 

 

 

 

 

 

その時に、現上皇陛下と上皇后陛下に

2メートル!という至近距離で

お目もじすることができました。

 

 

当時、皇太子殿下であった

今上陛下にもお目もじが叶いました。

その時のお話は、山ほどあるのですが

別の機会に譲る事に致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話を戻します。

前述しましたが

 

 

新嘗祭の前日に、

「みたまふり」と「みたましずめ」の鎮魂祭が行われます。

これは天皇の魂霊に活力を与え

霊的な力を漲らせるための儀式だといわれています。

 

 

 

かつては太陽の活力が最も弱くなる冬至の時期である

旧暦の11月2度目の寅の日に行われていました。

(太陽暦を導入後は、11月22日に行われています)

 

冬至は、北半球では

一年の間で昼が最も短く、夜が最も長くなる日です。

 

 

 

太陽神ともいわれる天照大神様の活力が

この日に最も弱くなるので

子孫であられる天皇の魂霊の活力も

共に弱くなると考えられていたために

天皇の活力を高め、霊的な力を増大するために

このご神事を行なったものといわれています。

(諸説あります)

 

 

 

また天皇陛下のご公務は、

こんなにあるのかというほど多岐にわたり

宮内庁の方が「陛下のスケジュールは分刻みです」

と仰っていらしたことがうなづける程です。

 

 

 

 

微力ではございますが、何かやらずにはいられなく

今日は朝から日の丸を掲げ

祝詞を奏上させていただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本、弥栄!

そして世界の平和と安寧を、

心よりお祈り申し上げます。

 

 

 

 

「魂が喜ぶミキ作り」にご一緒しませんか?

「魂が喜ぶミキ作り」ってなあに?

 

 そう思われた、あなた!

 

きっとあなたも「ミキ」と

 

出会う事になっているのでしょう。

 

 

 

 

  ミキとは?

 

お米とサツマイモで作る奄美沖縄の伝統発酵飲料。
名前の由来は、神様に捧げる“お神酒・オミキ”で、

神事祭事の際に島の霊力のある女性の神職“ノロ”が

祈りを込めて、作っていたものです。

(ミキ伝道師の田町まさよさんのHPから引用させて頂きました)

 

 

 

自らもミキに助けられたという

田町まさよさんが、この命の飲み物を

多くの人に伝える活動をされています。

 

 

 

 

私は他のことを検索していて

偶然にまさよさんのHPに導かれました。

 

 

 

どうやら単なる飲み物ではないらしい。。。

 

 

 

私のアンテナが、クルクルと回り始め

すぐに連絡を取ったのでした。

 

 

 

しかも今回は、

諏訪湖の御神渡りで知られる

諏訪八剱神社で開催されます。

 

 

「神様と人と自然を繋いでいるご神事」を

長きに渡ってされている神社です。

 

 

(何故かお社の写真がアップロードされず)

 

 

 

 

まさよさんが、なぜ八剱神社でミキ作りをしようと思われたのか。

 

 

 

気になるあなた

直感のアンテナがくるくる回っているあなたは

 

 

出会いも含めて

熱い、熱い、まさよさんの思いを

こちらの[ブログ]でご覧くださいね。

 

 

 

現地に参加できない方で


ご希望の方には、できたミキ300cc
+御朱印+土鈴を
セットにしてお送りするとのこと。

 

 

 

気になる方は

上記のブログリンクからお問い合わせくださいね。

 

 

 

ではね〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直感に従う

「直感てなんですか?」

ある方に、そう聞かれました。

 

 

 

直感て、ある時は

 

「え〜〜〜、意味わかんないんだけど〜〜〜

 なんでそれなの〜???」

 

「え?どういうこと?』

って、自分で自分にツッコミを入れたくなるような衝動や

感覚だったりします(笑)

 

 

 

頭でロジカルに考察した結果、導き出されたことではなく

「理由はわからないんだけれど、感覚がこっちって言っている」という感覚。

 

 

 

「◯❌△だから」とか

「ほにゃららだから」という部分がないんです。

でも絶対こっち!という確信があったりして

それを私は「根拠のない確信」と言ったりします。

 

 

 

その謎の直感に従うと

後から「あーーー!そういうことだったのね」ということが起きる。

だから私は直感には従います。

 

 

 

 

先日も散歩の帰り道のこと。

あと100メートル真っ直ぐ進めば我が家なのに

そこで何故か「右に曲がって裏から帰る」というメッセージが。

 

 

 

「意味わからないんだけど〜。なんで???」

と思ったけれど、従う事にしたら

我が家の裏の道に、見慣れない青いトラックが止まっていて

庭木を切っているところに遭遇!

 

 

 

「え?なんで断りもなく

 我が家の松の木を切っているの?」

 

 

 

長くなるので、詳細はカットしますが

50年以上経っている我が家の松の木は、

根元から切られるところだったのです!!!

びっくりでしょう〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

でも、謎の直感に従ったおかげで

かなりみすぼらしく枝を切り落とされてしまいましたが

根元から切り倒されることは防げました。

あの時直感に従わず、いつも通りに真っ直ぐに表側から帰宅したら

切り倒された後に気がついて大変な事になっていたでしょう。

 

 

 

「あぁ、あの直感は松の木が

 私に知らせてくれたのね」とひとり合点。

 

「教えてくれて、ありがとう。

 遅くなってごめんね。

 ずいぶん切られてしまったけれど

 負けずに無事に育ってね」と伝えました。

 

 

 

 

そういえば、散歩の時にいつも気になって

足を止めて声を掛けていたこの子たち。

 

 

 

 

ネジネジが可愛いなぁ。

と思って毎日声を掛けていたのです。

 

それに水滴の美しいこと!

 

 

 

写真を撮りたかったけれど

散歩の時は、鍵ひとつで出かけるので携帯が手元にありません。

 

ここまで往復30分。

この子たちの写真を撮るために

雨の中をまた30分歩くのか。。。。。

と思ったのですが、明日には雨が上がって

もうこの美しい水滴が写せないかもしれないなぁと思い

この写真を撮るためにだけ、またこの子たちに会いに来たのです。

 

 

 

30枚くらい写真に納めたのですが

翌日、この子たちは根こそぎ、切られていて。。。

 

 

この時も、そうだったのかと思いました。

もちろん、ただの偶然かもしれないけれど。

 

 

 

日々のこういう微かな直感を大切にしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

「コロナ」と「天岩戸」と「笑い」 その2

こんにちは、らららエナジスト京湖です。

 

前回の続きです。

 

 

古事記を読んでいなくても

「天岩戸開き」のことは、ご存知の方が多いと思います。

 

いえ、多いと信じたい笑い泣き

 

 

 

「天岩戸開き」というくらいですから

その前に天岩戸が閉じてしまったのです。

 

 

なぜって?

天照大神様の弟であるスサノウノ命が

(アハ 呼び捨てですか。。。ウシシ 本当は素晴らしい神様なのですよ。

 

 

天照大神様がいらっしゃる高天原に現れて、

ヤンチャの限りを尽くして大暴れしてしまい

それまで庇いにかばっていた天照大神様も

さすがに庇いきれなくなり

「天岩戸」にお隠れになってしまったのです。

 

 

 

 

日の神である天照大神様がお隠れになってしまわれたので

世界は真っ暗闇に閉ざされてしまいました。

そしてここぞとばかりにあらゆる邪神の騒ぐ声が

夏の五月蝿いハエのよう世界に満ち満ちて

あらゆる禍(ワザワイ)がいっせいに生じたのです。

 

 

 

困り果てた八百万の神々は、

手をこまねいていたのではありませんでした。

 

 

天の安川の河原に集って皆で智慧を出し合ったのです。

そしてオモイカネという神さまが智慧を授け

長鳴どりを集めて啼かせ

鏡と、勾玉を貫き通した長い玉の緒を作らせて

根のついた榊を掘ってこさせ

それに鏡と玉と麻と布の垂(シデ)をかけさせて

祝詞を唱え、天岩戸の前に桶を伏せて

その上で、アメノウズメの命が神がかりして踊りました。

 

その様を見て、八百万の神々はヤンヤやんやと囃し立て

大笑いして喜びました。

 

 

 

アメノウズメの命の画像は、こちらからお借りしました。

 

 

 

その声を岩戸の中で聴いた天照大神様は

「私がここにこもって世界が暗闇に閉ざされているはずなのに

 なぜアメノウズメの命は舞踊り、

 八百万の神々はあんなに楽しそうに笑っているのであろうか?」

と思われてお尋ねになられました。

 

 

そこでアメノウズメの命が申すには

「あなた様にも勝る貴い神様がおいでになるので

 喜び笑って、舞い踊っております」

とお答えになりました。

 

 

 

それで天照大神様は

「私にも勝るほどの貴い神とは、誰であろうか」と

岩戸から少し出て、鏡に写っている自らのお姿をご覧になりました。

 

 

そこですかさず、タジカラオの神が天照大神様の御手を取られて

岩戸の外に引き出したのです。

そしてフトダマノ命が注連縄を張り、

もう岩戸の中に戻ることはできませんと申し上げ

世界はまた天照大神様の光で満たされたのでした。

 

 

 

コロナ騒動が起きたときに

この状況とそっくりだなぁ〜と、このお話を思い出しました。

 

 

神々様の素晴らしいところは沢山あり

いろいろお伝えすることがあるのですが

 

 

世界が闇に包まれたとき、まず為されたことは

 

「智慧を出し合って準備すること」

「祈ること」

「笑うこと」です。

 

 

 

中でも大事なことは、やっぱり笑うこと。

それを古事記は教えてくれます。

 

 

 

「え〜、そんなこと参考にならない」と思うのか

「こういう時こそ笑いが大事」と思うのか。

 

 

あなたはどんなふうに思われますか。

 

 

 

 

「 笑いは祓い

  あなたが笑えば 世界が笑う 」

 

 

「コロナ」と「天岩戸」と「笑い」 その1

こんにちは、らららエナジスト京湖です。

 

 

今日も謎かけのようなタイトルです。

 

 

 

コロナ騒動が始まったとき、

世界の疫病の歴史を調べてみました。

 

 

「えっ、歴史?苦手だな〜〜〜」と思われたあなた。

まあそうおっしゃらずに、もう少しだけお付き合いください。

歴史嫌いだった私がいうんですから大丈夫!

 

 

 

 

歴史を知ることは、とても大事なことですから。

それに面白いんです♪

「え〜、こんなところにつながっていくの〜。」って思いますから。

 

 

 

ただね。。。歴史について書くと

「漢字」が多くなるのは事実ですが。。。

そこはすっ飛ばして読んでみてくださいましな〜〜〜笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

 

 

 

 

気を取り直して

ここからは、wiki先生に登場して頂きましょう。

 

 

 

wiki先生によれば

今知りうる最も古い疫病の歴史は、紀元前429年のこと!

 

 

 

 

 

「え〜〜〜〜〜!!! 紀元前429年??? 

 本当??? 」

て思いませんか?

 

 

 

 

wikipediaによると

 >ペロポネソス戦争のさなかの紀元前429年、篭城戦術を用いて立てこもっていたスパルタ軍と対立していたギリシャ最大の都市アテナイ(アテネ)を感染症の流行が襲い、多数の犠牲者を出した事がトゥキュディデスの『戦史』2巻に記載されている。一時は、アテナイのペストと呼ばれていたこともあるが、今日では痘瘡(天然痘)または発疹チフス(あるいはそれらの同時流行)と考えられている。

 

 

とのこと。

そして紀元前3世紀には、ペスト菌が生物兵器として使われたと。

 

 

 

 

 

「紀元前3世紀に、生物兵器???

 本当〜〜〜〜〜???」びっくりびっくりびっくりびっくりびっくり

 

 

 

 

さらに追い討ちをかけるように

165〜180年にかけて、ローマ帝国ではペストが大流行し

25〜30%の市民が亡くなったとあります。

 

 

 

正確にいうとこれは局地的な流行なので

世界的な大流行=パンデミックとは違うのですが。

 

 

 

パンデミックは(詳細は省きますが)

現在までに大きく分けると、3回あったのだそうです。

 

 

 

 

 

なぜ世界的な大流行になったのかというと

人と物の交易が盛んになったためと言われています。

つまり人と物に病原菌が付着して、

瞬く間に世界に広がって行ったわけです。

 

 

そしてヨーロッパの人口の約6割にあたる人が亡くなったとあります。

(怖がらせるために書いているのではありません。)

 

 

 

 

 

実は日本でも、古代において疫病が流行ったことがありました。

古事記によれば、第10代崇神(すじん)天皇の御代のことです。

 

  • 崇神天皇5年
    • 疫病が流行り、多くの人民が死に絶えた。(日本書紀によると過半数の民がそのために亡くなったとあります)
  • 崇神天皇6年
    • 疫病を鎮めるべく、従来宮中に祀られていた天照大神と倭大国魂神(大和大国魂神)を皇居の外に移した。

 

 

(年代については諸説ありますが、崇神天皇5年は、『日本書紀』の記述を基に編纂された『日本長暦』に基づくものです。考古学的知見に基づくものではありませんが、西暦に対比すると紀元前93年のことと言われています。)

 

 

 

 

 

それまで三種の神器は天皇陛下と共に宮中にあったのですが

この疫病がきっかけとなり、

天照大神様の御霊代である鏡が外に移されることになりました。

そして鎮座するにふさわしい土地を探して巡りに巡り

最終的には、今の伊勢にお鎮まりになったと言われています。

 

 

 

     

 

     美しい伊勢神宮 内宮(皇大神宮)のお写真は、こちらからお借りしました。

 

 

 

 

水で禊払いをするのは、イザナギノミコト様が黄泉の国から戻られて

その穢れを祓うために川で禊を行ったのが、その起源と思われます。

 

 

 

なお、神社の手水は、

崇神天皇が疫病を収めるためにお初めになったという説を

聞いたことがありますが

古事記と日本書紀には書かれていません。

他の一次資料で、そのことについて記載してあるものがあれば

どなたか教えていただけると嬉しいです。

 

 

 

今、神社へ参拝に伺うと、手水が止められているところがあります。

個人的には、こういう時こそ手水で禊払いと思うのですが

不特定多数の方々が使われる柄杓の作法を守らなければ

それが感染源となる可能性があるということなのでしょうか。

 

 

 

 

 

それにしても世界の疫病の歴史を調べていて

「古事記」や「天照大神様」につながってくるなんて、面白すぎる〜〜〜!

なんていったら、不謹慎だと叱られそうですね。

 

 

 

 

長くなったので、今回はここまでにします。

タイトルの「コロナ」と「天岩戸」と「笑い」については、

次回のブログで完結します。

気になった方は、ぜひ読んでね〜〜〜。

 

 

 

 

こんな時代だからこそ、笑顔になれるような身体と心の使い方や

古事記や古神道など日本の叡智に学んだことなど

あなたが笑顔になれるヒントをお伝えしていきます。

 

 

 

「 笑いは祓い

  あなたが笑えば 世界が笑う 」

 

これを必要としているあなたのもとへ届くことを、希いながら。

 

 

 

「ららら」と「ひふみ魔法陣」と「エネルギー」

こんにちは、らららエナジスト京湖です。

 

 

今日は、何やら不思議なタイトルですね。

 

 

「意味がわからない!」

「そもそも魔法陣てなに???」と思ってくれた

変わり種?の、あなたのために書いてみます。

 

 

結論から言いましょう。

魔方陣とは、宇宙を表すものです。

 

 

 

 

「言霊(ことだま)」については、最近よく目にするようになりました。

言葉にはエネルギーが宿るという意味で使われることが多いのですが

厳密には少し違います。

 

けれど、それを書き始めたら長ーーーーーーくなり過ぎるので

それは別の機会にいたします。

 

 

 

 

で、本日のお話しは、ひと言でいうと

魔方陣とは、宇宙を表すものであるということと

言葉や、数や、色にもエネルギーが宿っている。。。というお話しです。

 

この目に見えないエネルギーを意識して取り入れるのか

知らずに過ごすのかで、あなたの毎日が違ってきます。

 

 

 

数霊(かずたま)という言葉を目にしたことがあるでしょうか。

これは数にもエネルギーが宿っているということを表した言葉です。

エネルギーとは、別の言葉で置き換えるとすれば

そのものが持つ独自の「はたらき」のこと。

 

その「はたらき」を応用したものが数秘術です。

 

 

 

古神道では「ひふみ魔方陣」「みろく魔方陣」などが知られています。

 

 

 

縦・横・斜めのいずれの方向に足しても、

全て123(ひふみ)になるという数の組み合わせです。

 

これをさらに外にマンダラのように広げて9×9=81のマスを作り

ある数字を入れると、同じように足した数字の合計が全て369になるのが

みろく魔方陣です。

 

 

少し難しくなってきましたか?

 

 

 

いずれの魔方陣も、中心の数は「41」です。

この「41」という数字がポイントなのです。

 

 

 

41は、アイウエオでいうと「ら」になります。

その意味するところは「宇宙の中心です。

神道でいうと、天御中主神(アメノミナカヌシ)様。

密教で言うと、大日如来様。マンダラの中心です。

 

 

 

神道的にいうと、

「ら」は、心御柱を立てるべきところです。

何があっても、戻るべきところは宇宙の中心である「ら」なんです。

真中心の「ゼロポイントフィールド」です。

 

 

 

だから、自らのありようを振り返る時に

ここに立っているのかを、常に確認すること。

 

 

過去の苦しみや、未来の不安に押し流されるのではなく

今できることに集中していく。

それを毎瞬、毎瞬、重ねていく。

 

 

「今」「今」「今」を生きなさいというメッセージでもあります。

 

 

 

 

 

 

 

自らが神であることを思い出すこと。

自分自身と自分自神を融合させること。

宇宙の中心であることに気がつくこと。

 

 

 

「ら」「ら」「ら」というのは、そういうことだったんですね。

 

 

 

 

 

知らなかったーーーーーー!!!!!

 

 

だって「ららら〜」って、頭で考えたものではなかったから。

 

https://ameblo.jp/crystal-power/entry-12611018981.html

 

 

 

 

私が、戻るべきところは、思い出すべきところは、

ここだったんだって、唸りました。。。。。

20年後に、その意味を知ることになるなんて。。。

 

 

 

伝わったかしら。

らららの深い、深い、意味が。

 

私が言いたいことは、その一点です。

といっても、私もまだそのプロセスの途上にあるわけですが。

 

 

伝わっても、伝わらなくて

これからも、そのことを角度を変えて

何度も何度もお伝えしようと思います。

 

 

 

こんな時代だからこそ、笑顔になれるような身体と心の使い方や

古事記や古神道など日本の叡智に学んだことなど

あなたが笑顔になれるヒントをお伝えしていきます。

 

「 笑いは祓い

  あなたが笑えば 世界が笑う 」

 

これを必要としているあなたのもとへ届くことを、希いながら。

 

 

 

 

 

 

 

湖の波紋

こんにちは、らららエナジスト京湖です。

 

 

「ららら」については読みました。

「エナジスト」って何?

 

と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

お気づきのことでしょうが、これは私の造語です。

説明が必要という時点で、あまり良い造語とは思えないのですが

それはさておき。(さておくんかい〜〜〜〜〜滝汗

 

 

「エネルギー」+「〜イスト(主義者)」ということで

 

「らららのエネルギーで生きる人」っていう意味を込めました。

はい、かなり強引な、何なら力技で捻り出しましたっていう感じが

しないでも無いですが

これは頭で考えたものですね。

だからちょっと収まりが悪い笑い泣き あははは〜

 

 

 

元々の名前は京子です。

子を湖にしたのは、あるエピソードがあったからです。

 

 

30代になったばかりの頃、大手メーカーで働いていた私は

「これがあなたの役割だよ」という言葉とともに

上司から新聞の切り抜きを渡されました。

 

 

 

それは、ある女性の使命についてのコラムでした。

「私の役割は、湖に投げ入れられる小石のようなもの」だというのです。

投げ入れられた小石は、湖に波紋を起こします。

 

大きな石を投げ入れたら、大きな波紋が起こり

小さな石を投げ入れたら、それに見合った波紋が起こる。

私の役割は、波紋を起こすことなのですとそこには書いてありました。

 

 

それを読んだ瞬間に、受け入れられない私がいました。

「いや、いや、いや、いや、波紋を起こすなんてとんでもない!

 そんなことできません!」

 

 

静かに、目立たずに、言われたことだけを粛々とやっていたい。

責任ある立場に立ちたく無い。

失敗したく無い。

etc...

 

 

そういう気持ちが湧いたのだと思います。

怖かったのです。

(実はこの謎の想いには、過去生が関わっていると思っています。

 それについては、別の機会に。)

 

 

 

 

 

30数年を経て、ブログを始めようと思った時に

そのことを思い出しました。

 

小さな波紋であれ、大きな波紋であれ

宇宙に放たれたものは、目には見えなくなったとしても

消えることはない。

そういうイメージを「湖」に込めました。

 

 

ここで発信する小さな小さな呟きが

必要とする誰かのもとへ届くことを願っています。