三連休ももう終わりですね。

早いもので。


僕はこんな3連休でした。

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12日(土)

  午前 北九州高校にてトレーニングマッチ主審(70分)

  夕方 糟屋郡 審判更新講習会に出席

     

13日(日) 

  終日 大分にて友人の結婚式出席

  夜  中津へ移動、宿泊


14日(月・祝) 

  午前 耶馬溪にて中学のトレーニングマッチ主審(80分)


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1月19日(土)に割り当てられるであろう、高校新人県大会に向けて、練習試合を入れて準備万端でしたが・・・・


13日(日)、結婚式二次会が終わり、三次会に移動しようかという時、運命の電話が鳴りました。

雨が降りしきる大分市内、肌寒い夜でした。

「ルルルルル・・・・」

インストラクターからの電話。


着信があったその瞬間、僕はすべてを悟りました。

受験メンバーから落選したのだと。

夢が潰えたのだと。


思えば、ぼくのここ2年間の第一の目標は、2級審判に合格することでした。

それこそが、僕の生き甲斐だったのです。

本当にいろんなことがありました。

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■1年半前、初めての県リーグ社会人主審で、圧倒されたこと。


■1年半前は、北九州社会人リーグでさえ、不安定なレフェリングだったこと


■そのときどきの彼女をほっといて、審判ばっかり優先したこと

 「明日は福岡で審判だから、朝は5時起きね☆」


■サッカーチームの主将なのに審判活動を優先せざるを得ず、チーム活動に顔を出せないジレンマに陥ったこと


■真夏の東海フェスティバルで2試合裁いたこと

 もちろん、試合後両足攣る(笑)


■レフェリングをミスして、泣きじゃくりながら帰路に着いた日


■東福岡のトレーニングマッチに行かせてもらい、毎回レベルの高さに驚嘆したこと


■自身のレフェリングが成長し、北九州社会人リーグ審判に悪い意味で慣れてきたこと

 でももちろん、手は抜いてませんよ☆


■レフェリーノートを作成し、試合を振り返れるようになったこと


■土日にジャージやサッカーのポロシャツで過ごすことが多くなり、私服を買うことが激減したこと。


■土日はほとんど審判か選手やってたので、月曜日は常に筋肉痛だったこと


■走り込みの延長線上で、マラソン大会にまで出るようになったこと


■体力強化の目的で、クロスバイクまで購入し乗りまわすようになったこと


■土曜講座で、毎回宇美町まで通ったこと


■審判活動を通じて、多くの人々と出会えたこと


■審判であることが、僕自身の、最大のアイデンティティになったこと


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2級の受験機会は、1年に1度しかありません。

2月の九州高校新人戦の一発勝負です。

県社会人リーグの1年の結果を以って、受験メンバーが選抜されます。


去年ぼくは、最後の最後まで当落線上にいましたが、結果、受験メンバーに選ばれませんでした。

そして今回も当落線上におり、保留の結果、その選に漏れました。

今回の受験メンバーはCトレ14名のうち、6名。

その6名が、一ヵ月後の2月に島原の地で、受験に臨みます。



そして今回、受験メンバーから漏れたことで、僕自身のいろんな夢もついえました。


■2013高校インターハイ福岡で全国大会デビューすること

■北九州市長杯や市民体育祭決勝の主審を務めること。

■高校プリンスリーグで主審すること

■プロのトレーニングマッチの主審を務めること


本当に悲しくてつらい。


ただ、すべては僕の実力不足のせいなのです。

この場をかりて、インストラクターの方々に謝意を表しておこうかと思います。

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審判委員長はじめ、インストラクター各位



審判委員長はじめ、インストラクター方々には、本当にお世話になりました。


思えば2年連続で当落線上からの落選ということで、親子に例えれば、一番手のかかる子供だったのかなと思います。

2級合格という親孝行も出来ずの、放蕩息子。


数々の試合や練習試合のレフェリングを見ていただきました。


例えば1年前、当落線上にいた僕は、年末の12月の30日まで練習試合に顔を出しインストラターの方に指導を仰いで頂きました。

今回もそう、同じく12月30日までトレーニングマッチを組み込んで頂き、新年は1月5日に東福岡でトレーニングマッチ。


手弁当でインストラクターの方々には、そこまでしてお世話になったにもかかわらず、受験のメンバーから

漏れるという、この体たらく。

僕の実力不足。


この恩に報いるためには、2級になんとしても合格しなければなりませんでした。


ここまでお世話になったにもかかわらず、受験メンバーに選出される実力を身につけることが出来ず、ひとえに自身の不徳の致すところです。

これで2級への挑戦は終わりとなりますが、この2年で僕自身、レフェリングや人間性の面でさまざま得るものがありました。

この経験は、決して無駄ではなかったと思っています。

ありがとうございました。


そして、受験合格という結果を出すことが出来ず、申し訳ありませんでした。



本当に、申し訳ありませんでした。