おはようございます、こんにちは、こんばんは、水野宏美です。
石垣島へ移住
今日は少し長くなりますが、私が石垣島に移住することになった経緯を書いておこうと思います。
事の始まりは、20代の頃。何の根拠もないのに、母に向かってこう言ったんです。
「私、40代か50代になったら沖縄に住むことになるから」
予定もない。計画もない。ただ、なぜかそう思っていました。
母は「何を言っているんだろう」という顔をしていたと思います。
当然です、私自身も説明できなかったので。
帰ってきた場所
それから何年も経って、2023年。初めて石垣島に足を踏み入れました。
その瞬間、「帰ってきた」という感覚が体の奥からわいてきたんです。
初めて訪れた場所のはずなのに、初めてじゃなかった。
そこから、年に3回は石垣島に通うようになりました。
でも、家はなかなか見つからない。3年、そのまま時間が過ぎていきました。
流れが動いたのは、2026年6月。石垣島行きの飛行機の中でした。
「もう、これから10年先に長距離の引っ越しをするのはしんどい。
今、石垣島に住んでみないと、後悔する」
理屈じゃなく、そう強く感じたんです。
偶然の出会いとサイン
そして石垣空港に着いてすぐ、60代のご夫婦と出会いました。
「こっちに住んでいるけど、関東にも家があるんですよ」という何気ない一言。
この言葉が、体の中でハウリングするように何度も響いていました。
「これなら、いける」
一気に荷物を処分して片づけなくても、二拠点生活という選択肢がある。
まずはそこから始めればいい。そう思えた瞬間でした。これはサインだと思いました。
奇跡は起きる
その後、地元の不動産屋さんで物件を探すことに。
私たちは自宅が仕事場でもあるので、最低でも3LDKが必要でした。
でも石垣島は1LDKか2DKが主流。3LDKなんてほとんど出てこない。
そこに、奇跡のように3LDKが見つかったんです。
(実は、家探しにもストーリーがあるのですが、後日書きますね)
しかも、二拠点生活にちょうどいい価格で。
迷わず申し込み、審査も通り、無事に契約。そのまま帰路につきました。
そして月曜日から、石垣島での暮らしがスタートします。
正直、何も準備できていません。でも、不思議と「大丈夫」という感覚しかないんです。
今振り返ると、20代の頃に根拠なく口にしたあの一言も、初めて石垣島に降り立った時の「帰ってきた」という感覚も、飛行機の中で突然降りてきた確信も、空港で出会ったご夫婦の言葉も、全部つながっていたんだなと思います。
まるで、最初からアカシックレコードに刻まれていたことを、一つずつなぞってきたような感覚です。
今、Ameba SATORIで、私、水野宏美のアカシックリーディングを受けていただけます。
ご自身の中にも、まだ言葉になっていない「刻まれていること」があるかもしれません。
ぜひ一度、扉を開いてみてくださいね。
Ameba SATORI アカシックレコード
水野宏美
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お読みくださり、ありがとうございます💐
愛と感謝を込めて 水野宏美




























































