夕方から月曜13時まで、お仕事です。
久しぶりにボスのことを書いてみようと思います。
11月のあの日から、私はどうしても必要な伝達事項がある時を除いて、ボスの部屋を訪れていません。朝の「お早うございます」以外、全く顔を合わせない日も多いです。それすらない日もあります。たまの会議では大抵向かい合わせの席になりますが、目を合わせていません。
中野さんの脳科学を齧ってみて、私とボスとでは、脳の仕組みが相当違うのだろうなと感じています。男女の違いを超えて。
ボスはよく「そういう態度や行動をとるのは、私には胸に釘を刺されるように感じられて、辛くてできません」と言っていました。他にもいろいろありますが、こういう発言をする人はきっとすごく心の綺麗な人なんだろうなと思っていました。
でも・・、それは単に脳のどこかの部分に非常に過敏な反応をする所があって、そこが刺激されるとアドレナリンかなにかが過剰に放出されて心臓の血管を過度に収縮させ、一過性に狭心症のような痛みが発生するだけなのかもしれません。心が痛むのではなく、本当に心臓が痛くなっている可能性があります。・・そりゃあ、そういう事態は避けますわねえ、生命維持のために。心理ではなく生理反応。理性ではなく本能。
フロア替えには賛成できないという話をしに行った時の発言の中に「私はこういう人間ですから、今までも何回も嫌われる経験をしてきています。嫌われることには慣れていますからそれは問題にしません」というのがありました。
本当ならそこを突っ込んで「慣れているのはわかりました。嫌いな人や気にも留めていない人に嫌われても平気なのはわかりますが、仲良くしたいと思っている人から嫌われてもやっぱり平気なのですか?」と聞いてみるのですが、長話をしたくなかったので、質問しませんでした。
私の場合は、仲良くなりたいなと感じる人、ましてや好意を抱いている人から嫌われていることがわかったら、相当ショックを受けます。騙されていたことがわかった時も同様です。もしボスが、そういう相手から嫌われても平気もしくは楽に耐えることができる精神構造の持ち主であるのなら、私達はお互いを理解し合う事はできないでしょう。
ボスは去年のある小さな講演会の最後の方で「特別である必要がないだけでなく、オンリーワンである必要もないのです」をかなり強調して話していました。それってつまり、人は皆同じで、たまたまその役割についているだけで、いくらでも代えがきく存在ですよ、と言っているのと同じですよね。だから謙虚に生きろってか?
ついていけません。
あの日を境に私の態度が全く変わっていることに、ボスが気付いているかどうかもわかりません。普通なら絶対気付きますが、脳の構造が違いますからね。挨拶などは今まで通りしているので、変化に気が付いていないかもしれません。
目を見ないということは、心を見ないということです。
大人げないとは思いますが、私はもうボスの気持ちを察したいとか楽にしてあげたいとか思えなくなっています。こういう自分の変化を認めるのは嫌ですが、事実だから仕方ありません。対立はしたくないから波風立てない事だけを考えていきます。