「『いも虫は好きですか』だって?あのぷよぷよしてて緑色とか茶色とか黒いのとかいろいろいてつっつくと角出したりくさい臭い出したりする気持ち悪いやつだろ?そのいも虫が何?、それがどうしたっての?」

 ええ、実はね、いも虫はずーっと昔にね、何十万年も昔にね、人間がこの惑星に生まれるずっと前からね、この地球にいたんですよ。

それがどうしたって?いも虫はその昔はだれの目にも見えないし、触れることもできない透明で、ガスみたいな生き物だったんです。なんでかっていうとね、いも虫はわざわざ遠い遠い昔や未来の他の天の川の星からやってきたんです。今でも私たちが火星とか金星とか木星とか惑星イトカワとかに無人の探査衛星を送ってその星のことを調べるでしょう。それと同じですよね。ただ、いも虫が探査衛星とちがうところはいも虫は未来や過去のほかの星から自分の力で、時間、空間に穴を開けて、トンネルを掘ってはるばる地球にやって来たってことなんです。いも虫たちは自分の住んでいた惑星の研究者たちに行くことを頼まれた別の惑星のある時間の、ある場所にもといた場所から自分で穴をほってトンネルをあけて、最近ワームホールっていうらしいんですけど、この穴を通ってこの惑星にやってきて、いろんなことを調べてーどんな木や森があってどんな生き物がいて、どんな食べ物を食べて、生き物たちがどんなことをして遊んで、生きているのかを、このトンネルを通して自分の星に伝えていたんです。故郷の星では他の星についてわかったことを研究して、より良い星を作ろうとしたんですよ。だから、その昔、いも虫は-こんな風に言ってよかったら-生きた惑星探査船、生きた惑星探査ロボットだったんですよ。もともとは人間が遺伝子を操作して作り上げた人工生物だったんですが、ちゃんと自分の感情と意思と思考能力をもっていて、人間に負けないくらい賢かったんです。

彼らのふるさとの星のいも虫族の中で、人間に、この調査を任されるいも虫に選ばれるのは大変な名誉でしたから、一匹でもこの探査いも虫に選ばれたらその一族はみんな鼻高々でみんなで三日三晩お祝いしたんです。

このいも虫は他の惑星ではたらくためのエネルギーや必要な情報を、自分が掘ったトンネル、ワームホールを通して受け取っていました。

一匹のいも虫が他の惑星、地上に滞在するのはたいてい数日から、長くて10年くらいで、いも虫は見ることも、触れることもできませんでしたから、地上で他の動物に襲われたり地震とか台風とかがきてもかれらが傷つくことはありませんでした。

でも、反対に彼らの故郷の星でなにかとてつもないことが起きると-火山が噴火して地形が極端にかわり、海が山になって、山が海に入れ替わってしまうとか、流れ星がぶつかって、惑星が消滅してしまうとか、そんな壊滅的なことが起こると・・・いも虫の作ったトンネル、ワームホールはその衝撃でこわれてしまい、かれらは自分が探査している惑星に取り残されてしまい、自分の故郷、もといた世界に変えれなくなることが、たまに、何千年かに一回起こりました。ワームホールを通してエネルギーを取り入れることができなくなったいも虫たちは三日ほどで全てのエネルギーを使い果たして死んでしまう運命でした。そうなったとき、多くの探査いも虫は、自分の故郷の惑星から何百光年の距離のかなたの、また何十万年も、何百万年もかなたの探査に来たその惑星で、ひっそりと誰にも知られず亡くなってゆきました。

かれらのうちの何種類かはこんな非常のときの「緊急脱出装置」をもっていました。つまり、かれらの霧のような存在に地球上の物質、水や土を取り込んで、からだを再構成してこの星の生物として生きるということです。もちろんかれらがこのような姿になったとしても、かれらが自分の惑星に戻ることはできませんでした。ただ、ともかくかれらが自分の命をこの星の上でつなぐことができただけでした。多くの場合はかれらがこの星の存在に生まれかわったその瞬間に彼らはそれ以前の記憶を、失ってしまうのでした。つまりこの緊急脱出装置は命を永らえることと引き換えにかれらの記憶を-これ以前の全ての記憶を-故郷の惑星の家族や友人や恋人やその惑星の景色やその惑星での生活全てを忘れることを意味していました。そういうわけで、このような緊急脱出装置がついていても、99%のいも虫はこのような状況で死を選びましたが、1%のいも虫は地球上の生物として生き続けることを選びました。そして目で見え、触れられる姿をもったいも虫としてこの星で生きてきたのです。

ところがこの1%のいも虫のうちさらに1万匹に1匹のいも虫が自分の故郷の惑星の記憶をもったまま生きていました。このごく少数の、本当にわずかの数のいも虫はこの星で生きながら、ずっと自分のもといた場所に帰りたいという思いを断ち切ることはできませんでした。故郷の家、森や川や山、町や仲間や人々のこと、食べ物や町を行く人々のことを片時も忘れることはありませんでした。こんなふうにずっと思い続けたかれらの強烈な思いは、かれらの子孫に何代にもわたって受け継がれ、長い間にかれらの遺伝子のはたらきを変えてゆき、いつかかれらは自分の故郷にとんでゆくための羽を備えるようになったのです。

もちろんかれらのいた時空はかれらがいた地球の時空から何億年もまた何百光年も離れた銀河の惑星でしたから、かれらが自分の思いで作り出した羽でいくら飛んでも、たどりつくことができないことは明らかでした。でもかれらは「たとえ1メートルでも1センチでも高く飛ぶことによって彼らの星から救助船がやって来て救い上げてくれるかもしれない、今日はだめでも、明日もだめでも、いつかは自分を救いあげてくれるかもしれない。そうしたら自分がこの星の生物の姿になって経験した困難を、鳥に追われて喰われそうになったとき、人の足でふみつぶされそうになったときの恐怖や緊張を、いろいろな経験や美しい山や森や川や海の風景や、おいしかったキャベツの葉の味を・・・すべての思い出を故郷のみんなと分かち合える」と思って何度も何度も、何世代も何世代も空に向って飛び立つのです。

ですから次に飛んでいる蝶や蛾の姿を見たらこの話を思い出してください。そしてかれらの遠い時間の彼方の、遠い距離の彼方の故郷の風景を想像してみてください。そうすることによってあなたがかれらの故郷の惑星のことを思ったとき、そのことがかれらの孤独な思いを支えるのです。かれらの孤独な時間をずっと過ごしやすいものにします。

ところで、もしあなたがかれらの惑星の様子を創造することができるとしたら・・・それはかれらの故郷はあなたの故郷であるからかもしれませんよね。