重い腰を上げて、昨年末から開始した母が
保管していた大量の写真のデータ化。
母は、人からもらった写真を全て保管して
いたので、かなりの数になっている。
今日は私と行った韓国旅行の写真をデータ化
していた。細かい話はここに記さないが、
2人で前半はツアー参加し、その後は2人で
フリーとなり、墓参りとソウル練り歩きを
した。
外気温マイナス6℃の雪が降りしきるソウル
の街、墓地はマイナス10℃でカメラに巻い
ていたタオルが凍っていた。
写真を見るといろいろと自然に思い出して
しまう。
不思議なものである。
もう42年前の事である。
上の2枚の写真は、ツアーを企画した農協が
撮影し、現場でくれたものだ。
あの当時の日本はバブル経済真っ只中で
もっとも裕福だった頃だと思う。
私はというと、写真にずっと携わっていた
ことで若い頃は貧しくて、母には心配を
させてしまった。
母は死ぬまで私の事は頭にあったようで、
認知症になっても死ぬ数日前でも私の事は
覚えていて、私を見るたび泣いていた。
そして私の職業も覚えていた。
2枚の写真は私が撮ったモノではないが、
私と二人で行った唯一の旅行で私と一緒に
収まっているので、大切にしていたようだ。
40年という時を経て、母も亡くなって
見る写真は、撮られた直後に見るものとは
気持ちが全く異なる。
とても重い。
大した写真ではないが、これを切り刻んで
捨ててしまうというのは、やはり躊躇う。
辛い。
としか言葉が出ない。

