「愛してるよ」


癖もない冷たい印象の電子文字を、3つの真っ赤で大きいハートマークが飾っている。
開いた携帯をパカン、と閉じる。14時14分。

最大級の愛の言葉をもらったのに私の心は冷たく冷たく冷えていく。
健が“愛してる”のは私だけじゃ、ない。

それを知ったのはつい1週間前。

家に泊まりに来た健がシャワーを浴びている時。
ふと目にとまった携帯から、目が離せなくなってしまった。
今まで一度も健を疑ったことなんてなかったし、信頼していた。
もしかしたらあれが女の勘ってやつだったのかもしれない。
見たい…見ない方がいい…見たい…見てはいけない…
興味と理性とに揺れ動き、ざわざわと騒ぐ胸は、私への警鐘だったのだろう。

結局私は耐えきれず、健のプライベート、“知らなくていい事”に足を踏み入れてしまった。


あかね

ゆき

まい…

真っ先に開いたメールの受信ボックスにはいくつもの女の子の名前が並んでいた。
いけないと思いつつも開いてしまったメールには
「私も愛してるよ」
という文字と、ハートマークが3つ。
足先から、指先から、体のいたる所から、徐々に血の気が引いていくのが分かった。
もうやめよう、と思う頭を無視して、手は次のメールを開き、目は文字を追いかける。

「早く会いたい」

「まいも健がいれば何もいらないよ」

「ずっと一緒にいようね」





シャワーの音がまだ続いているのを確認して、今度は送信メールを開く。
こうなるともう、止められなかった。
私にだけ向けられていると信じていた愛の言葉が、たくさんの女の子に向けて溢れかえっていた。

バタン、というバスルームのドアが閉まる音がして慌てて携帯を元の位置に戻す。
ドクドクと波打つ心臓の音を隠すように
「上がるの早かったね。」
と、いつもより少し大きくていつもより少し高い声で言うと、
「そうかぁ?」
そんなことに気づきもしない健は、興味なさ気にそう言った。

その日はいつまでも眠る事が出来なかった。
私だけを愛してくれていると思っていた。
出会ったころ、不毛な恋愛をしていた私を救ってくれたのは健だ。
「俺が幸せにするから、そんな男とはもう会うな。」
あの一言は、今も忘れられない。
きっと健は今までの男とは違う、そう信じ切っていただけに、
まるで砂のお城を踏みつけられ、崩されてしまったような、そんな感覚の悲しさが押し寄せていた。

健が与えてくれていた、安心感や幸福さえも全て嘘だったのだろうか、
それこそがすべて立派に見せかけられた砂のお城のような脆い紛い物だったのだろうか。


ぐるぐるぐるぐると思考は巡り、だけど何の答えも出るはずもなく、
堂々巡りの思考に脳みそだけが疲れ、重苦しい心のまま、太陽が昇るころようやく目を閉じた。


あんなにも信頼していた自分が馬鹿らしく思えてくる。
でもそれでも、彼を擁護する言葉ばかりが浮かび、まだ健を信じたい自分がいることがはっきりと分かる。

つくづく、馬鹿だなぁと思う。
馬鹿らしいんじゃなくって、多分、かなりの確率で、馬鹿なんだろう。

もしかしたら今彼は、他の女の子にも同じメールを送ってる最中かもしれない。
閉じた携帯を開き、そんな疑念を消すように「>愛してるよ」とハートマーク3つを消す。

冷たい印象の文字たちに少しでも気持ちがこもるように、ゆっくりとキーを押す。

「私もよ」

そしてハートマーク3つ。


今は、これでいい。

崩れた砂のお城は、また作り直せばいい。
だって健は今日も、私の家に帰ってくる。
「ただいま」って、疲れた顔して、帰ってくる。
まるで自分の家のようにくつろいで、私の布団で朝を迎える。

健の“ただいま”は、今、私の家にある。
だからきっと大丈夫。

送信出来たことを確認して携帯を閉じる。
14時29分。
健が帰ってくるまでは、あと、3時間。






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