以前、この病院で初めの2週間を過ごした4Fの移植病棟に、今すぐにでも戻りたいと書いた。
今回は、現在の10F血液内科病棟と、以前の4F移植病棟の何がそんなに違うのかについて、
書いてみようと思う。
最近はすっかり慣れてきたので、なんとも思わないが、当初はその違いにとまどったものである。
まず、一番最初に考えられるのは、看護婦さん達の質である。
4Fの看護婦さんはかわいい人が多い。
これは、病院生活を楽しむにあたって、非常に重要な要素である。かわいい人を見るだけで、
心のモチベーションがどれだけ上がるか。。。
ただ、4Fの看護婦さん達は見た目に可愛いだけじゃなく、「やわらかい」のだ。
逆に言うと、10Fの看護婦さん達はサバサバしている。
4Fの人達は、「つらいだろうけど、一緒に頑張ろう」と言ってくれるし、常にそんな雰囲気を出してくれる。この、「一緒に頑張ろう」というのは非常に助かる。自分だけじゃないような連帯感が沸く。
一方、10Fの人達は何か冷たい。正直、一線を惹かれているような感じは否めない。
ある看護婦さんに至っては、すぐに「私たちは」という表現を使う。
「私たち」とは、病気になっていない人達を一まとめしているのだろうが、そういう言われ方をすると、
「ああ、俺はもうあっち側にはいかれへんのかな?」という気になってしまう。
同じ病院にいて、看護婦の質にこれほどにまで差がでてしまっても、いいのだろうか?
患者が、ナースに求める事、それは「心のケア」。それが圧倒的に一番大事である。
それを果たして理解しているのだろうか?どうも、雑務をこなすように扱われているような気がする。
考えたのだが、4Fと10Fでの患者の質の違いが大きな原因の一つだと思う。
まず、10Fと4Fでは患者数が1.5倍くらい多い。当然、一人当たり受け持つ患者数も
多いわけである。
次に年齢層の違い。40代50代も多い4Fと違い、10Fの患者は殆どお年寄りだ。
このお年寄りばかりというのは、俺が4Fと比べて10Fの嫌な所の二つ目の理由である。
お年寄りが多いと、やさしくしてくれると思うでしょう?
残念ながら違う。年を取ると、心の余裕がなくなる。病気になってしまった時なんかは、特に
自分の事しか考えられなくなるのだ。
歯を磨きに行っても、飯を食いに会合のスペースに出ても、「若いのに大変だねぇ」という同情の目で
みられた事は一度もない。むしろ、なにか突き放すような視線をジロジロ感じる。
最近はこちらも向こうも慣れてきたが、最初のころはやはり疎外感を感じたものだ。
特に女性。女は年をとっても群れる。ジロジロみてきよるから、思いっきりにらみ返してやる。
いつも黒ニット帽をかぶっているババア。察するにあいつがここの女の中のボスだ。女帝だ。
やはり、年寄りのわがままになってしまっている人が多いから、看護婦さん達の態度も変わってくるのじゃないだろうか?
でも、それでも、やはり同じ病院でこんなに差が出てしまっていいのだろうか?という疑問は消えない。
病気になった自分が、「病気になってしまった側」と簡単に線引きされ、ジャンル分けされるのは、
はっきりいって腹立たしい。
看護婦さん達だって、「いつ病気になるのか分からない」のだ。それこそ、今は若いかもしれないが、
後20年、30年すればリスクはぐっとあがる。
誰にだって病気になる可能性はあるのだ。
それを理解しているのだろうか?
看護婦という仕事に順守する事が、むしろ病気になるという事が、自分にはあり得ないと感じさせて
いるのではないだろうか?
はっきり言って今は、看護婦さんにへこまされ、先生(お医者さん)に励まされているといった
状態である。
そんな事ってあり得るだろうか? 普通逆やろ?
入院するというのは、病気だけじゃなく、こういった環境や、周りの思いがけない視線や言動と戦って
いかなければならないのだ。
まあ、そんな事には俺は負けへんけどね。
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