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エキセントリック成人ボウイのブログ

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改めまして、昨日無事に退院することができました。



皆さん、今回の入院にあたって、メールや電話や手紙をくれたり、わざわざ会いに来てくれたり、千羽鶴を折ってくれたり、ブログを見てくれたり、ブログにコメントをくれたりして、本当にありがとうございました.。



皆さんが心配してくれたり、励ましてくれたり、気にかけてくれることで、病気に対しても強く立ち向かえたのだと思います。



今回、約5ヶ月の入院生活を通して俺が一番学んだのは、「自分の体は自分だけの物だけのものではない。」という事です。



前にブログで書いたように、母親は家事に忙しい中、週に3回は車で1時間かけて面会に来てくれました。兄貴は自分の家庭があり、子供がまだ小さいにも関わらず、週末のうち1日はかならず来てくれました。



そういう周りの反応や、姿を見ていると、俺の考え方も変わりました。



初めは、「また前くらい、常人くらい元気になりたい。人生を再スタートさせたい」から、病気を完治させたいと思っていました。



もちろん今もその気持ちは十二分にありますし、そのつもりです。



しかし、入院生活の途中から「これ以上、家族や周りに心配・迷惑かけたくない」から、絶対に病気を治してやるという思いの方が強くなりました。



よく、「人は一人で生きていない」と言いますが、本当にそう実感しました。「人は、つながっていきている。」と。



だから、本当は今もガンガン筋トレをしたり、バンバン外を出歩きたいのですが、我慢しているのです。



体力も免疫力も含め、体が入院する前くらいまでに戻るには、半年くらいはかかるとの事です。


医者の先生に、「今年はあまり無理しないで」と言われています。



入院した当初は、「退院したら入院する前くらいすぐに元気になりたい。」と思っていましたが、5ヶ月の入院を経て、さすがに俺も覚悟がつきました。



しばらくゆっくりした後は、体を動かせない分頭を動かせて、これからの将来のことをじっくり考えたいと思います。



さて、無事退院することができて、このブログはどうするのか。



一番初めの記事に書いたとおり、このブログは闘病日記ではありません。なぜなら、「病気に勝つのは、あまりにも当たり前の事」だから。



このブログは、俺の暇つぶし兼「皆さんに、俺の事を覚えておいて頂くため」の物です。



それに、もちろんこれからもしばらくは定期的に病院に通うことになります。


なので、これからも日々の日常を描いていきたいと思います。



今度は、「俺が体力を回復して、社会復帰するまでのプロセス編」となるでしょう。



自身では、退院したこれからが「俺の人生の第二幕」だと思っています。



第一幕は本当に好きなことをやりたおしました。色々な所に行って、いろんな事をやりました。


そして、運よく好きなことばかりやってこれたと思います。



病気になって入院して、ちょっと休憩期間を挟んで、これから「人生第二幕」のスタートです。



これからも、ブログを気まぐれで更新していくので、皆さんも暇で暇で仕方ない時や、猫の手も借りたい時にでも、気まぐれで見てくれれば幸いです。



とりあえず、退院したどーっ!!!




エキセントリック成人ボウイ



退院したことについて書こうと思ったのですが、眠い眠すぎる。


だからまた明日にします。



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いよいよ明日退院です。

去年の12月21日に入院して、明日の5月26日に退院する。

色んな事がありました。

入院生活を振り返りながら、今の素直な気持ちを書いてみよう。

病気になった事に関しては、不思議とすんなり受け入れる事が出来た。

入院して初めの2週間くらいは、正直何も感じなかった。

トイレにいくのにも車椅子を使うくらいの状況。身体が身体を治す事に専念する為、何も考えない。

抗がん剤の副作用で口内炎と下痢には悩まされたけど、看護婦さんかわいい人が多いし、楽しかったくらいかも。

病気の心配は初めから最後まで、全然してなかった。治るもんだと信じてた。

2週間経って、病棟が変わって状況が変わった。新しい病棟の看護婦さんは、何か冷たく感じた。患者数も全然多い。年寄りが多くて、ジロジロ視線を感じる気がした。

初めは個室で、全く外に出る事も出来ず、ストレスに感じたが、数日もすれば慣れた。

大部屋に移ったら移ったで、隣人へのストレスがあった。しかし、個室と違ってまだ歩く機会があるので、体力を極端に下げないのはよかった。

地固め療法が始まると、抗がん剤の副作用で吐き気が強くでだした。

何も食べれないし、水も飲めない。といっても、一週間も我慢すれば徐々に良くなって行った。

初めの一週間を乗り気ってしまえば、後は白血球が上がってくるのを待つだけだ。

クリーン期間も正直そんなに気にならなかった。

何故か分からないが、俺は与えられた状況をそれなりに楽しめるのだ。

病室から出れると言っても、外に出れたり、カフェでまったり出来るわけじゃない。ジジババでいつも埋まった会合スペースに行くくらいだ。

初めの方は特に、視線を感じる気がして嫌だったし、正直他に病気の人を見たくなかったので、それだったら部屋でのんびりyou tubeをしたり、漫画を読んだり、ゲームをするのも悪くない。

きつかったのは、やはり最後。前にブログで書いたような事があって、流石にきつかった。特に頭痛。

それに最後は、あと少しが長かったので精神的にきつかった。

初めから、まだかかるといわれて長くなるのと、あと少しと言われ続けて伸び続けるのは、全然違う。

でもおかげで色んな看護婦さんとの距離が縮まった気がする。

なかなか血球が上がらなくて、熱も下がらない時は、凄く心配してくれた。

俺もさすがにちょっと疲れていたので、頭痛の事や、なかなか白血球が上がってくれない事等へのもどかしさを初めて素直に表現した。

その事もあってか、血球が上がって色んな事がいい方向に向かった時は、自分の事の様に喜んでくれた。

心配したり喜んだりするのが、職業上の物なのか、心からの物なのか、ちゃんと分かる物なのだ。

最近は、完全にヘロヘロ状態だった。やっと体調が戻って、退院が近づいた。

今まで張っていた緊張感がとけて、何も考えられない。ただただ、『いやー、よかったー。』としか出てこない。

緊張感を取り戻したのは、外泊してからかな。また新しい日常に体を慣らしていかないと行けないという実感がわいたからである。

病院では病人で、周りも病人だ。

病人らしくゴロゴロしてればよかったが、退院すればしばらくは、『体力のない人』になるわけだ。

そこから常人レベルまで、無理せず時間をかけて、ゆっくりと体を戻していかないといけない。

その事をはっきりと実感した。

こう振り返ってみると、総体的に見て、最後以外はそんなにしんどくなかった。

入院が嫌だーっ!とかは思わなかった。しないといけないものは仕方が無いので、結構割り切ってのほほんとしてた。

本当にこんな性格でよかったと思う。

まあ、今となれば、『喉もとすぎれば、、、』である。

入院生活で1番キツかった事、それは吐き気でも飯の不味さでもなく、母親に週に3回、車で1時間かけて見舞いに来させた事である。

もちろん俺は、そんな頻繁に来なくても大丈夫だと言い続けた。

なんかクサい話になってしまったかもしれない。

でも、そんなもんなのである。

明日は、退院した事に関しての記事を書きます!


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