観てきました、さや侍。
本当は公開初日に観に行きたかったが、まだ映画館のような密室での人混みは避けたほうが良さそうなので、人のあまりいない平日の朝一番の時間帯に観に行ってきた。
個人的な感想としては、「うーん、なんか普通な感じにまとめてきたな。」という所である。
「大日本人」、「しんぼる」と観てきたが、2作ともよくも悪くとも「ぶっ飛んだ」作品だった。映画という概念さえ無視したような作品だった。そういう意味では、今回は一番映画らしい作品だった。だから、少し物足りなさを感じた。
松本人志が映画を作るという事は、やはり彼の世界観を100%出すべきだと思うのだ。というか、普通の映画を撮ってしまうと、他の映画監督に勝てるはずがないのだ。
「彼の世界観を100%―」と書いたが、その世界観が変わった事も大きな要因だろう。松本人志自身、インタビューでそのような事を言っていた。「年をとって、子供ができて、尚且つ今回監督に徹する事ができていなければ、今までの自分ではこんな作品は作れなかった。」と。もちろんプラスの部分もあるだろうが、なんか寂しいなー。
それから気になった点は、上映時間だ。松本人志は、映画を作るうえで90分という上映時間にこだわっている。ダラダラ見せたくないかららしい。確かに前回の「しんぼる」の様な作品は90分がちょうどいいと思うが、今回はその時間が仇になったような気がする。
今回の「さや侍」は、「笑いあり、涙あり」といった作品なのだが、今回90分で色々詰め込もうとした結果、もう少し伏線を張ったりサイドストーリーを盛り上げてくれないと、泣くところで泣けないような印象を受けた。
今までできなかったようなクサいことをするのだったら、もっと割り切って徹底的にしてほしかった。
まあ、色々腐してきたが全体的にはよかったと思う。
まず、全体の笑いのレベルは前作2作に比べて高かった。もちろん野見さんも面白かったし、それ以外にシーンでも、松本人志独特の笑いはいくつもあって、個人的には面白かった。
前2作は正直面白くないところは、とことん面白くなかった。というか、ベッタベタ。特に大日本人。
もちろん面白いシーンもあったが、ベタな所にはかなり戸惑った。「なんだかわけがわからなくて理解できない」というのならば、自分のお笑い視力が低いからだと納得できるが、ベタベタで笑えないとどう処理していいのか理解に苦しむ。
当時、考えに考えた結果「おもしろくない。」と結論を出した。「松本人志の感性は劣化してしまった。」と。
しんぼるも後半は面白かった。観た人しかわからないが、特にプロレスラーの首が伸びて、なぜか一瞬人形になっているシーン。あれは、松本人志にしか作れない笑いだろう。だが、前半は基本的にベタな笑いばかりだった。
そう考えると、今回の「さや侍」は、「うわー、これめちゃめちゃおもろいなー。」というのはなかったものの、全体的にそつなくレベルが高かったと思う。
それに、松本人志のオリジナリティを感じさせる設定や展開ももちろんあった。そもそも、ど素人を映画に使おうと思うのは斬新な発想である。
「働くおっさん劇場」をリアルタイムで見ていた俺としては、初め野見さんを映画に使うと聞いたときはびっくりした。深夜番組でも、ギリギリ放送できるような、インパクトを持つおっさんなのだ。
でもやっぱり、松本人志には10年早く映画を作り出して欲しかったというのが本音である。さっきも書いた通り、松本人志の笑いの質は完全に低下してきているからである。仕方がない事だが、人間年を取ると丸くなってくる。人間が丸くなってくると、同時に尖っていた感性も丸くなってくるのだ。
ガキの使いでも、HEY×3でも、ダウンタウンDXでも、今の松本人志とyou tubeにupされている昔の松本人志のボケの「キレ」を比べれば、一目瞭然である。できれば「ごっつええ感じ」が終わり、「ビジュアルバム」を作り終わったその流れで、映画制作に乗り出して欲しかった。
ただ、個人的な意見としては、コントにおいて劣化の原因は年齢だけではない。「ごっつ」以降、「大日本人」までほとんどコントを作っていなかった事も理由としてあると思う。
「ごっつええ感じ」が終わって、「ビジュアルバム」というコント集のビデオを制作した。そしてその数年後、「ごっつ」の一度きりの復活スペシャルが2001年くらいにあった。この時点で、コントはまだかなり面白かった。
しかし、その後2004年に「ザッサー」というコントを作ったのだが、これが全く面白くなかった。そう、「ベタな笑い」なのだ。久々なので、笑い的な意味で冒険するのが怖かったのじゃないだろうか。
特に、「ごっつ」をやっていたくらいまでの松本人志は本当に逸脱だった。「ごっつ」のコントもそうだし、「一万円ライブ」のネタもめちゃめちゃ面白かった。そして、「ビジュアルバム」。これに至っては、本当に芸術作品だと思う。
しかし、「ごっつスペシャル」以降、3年くらいコントを作らなかった事で、彼の腕を鈍らせたのじゃないだろうか。いくら才能があっても、やはり常に作り続けている状況と、久々に作る状況では、できあがるものが違うのではないだろうかと。事実、大日本人から笑いの質はどんどん上がってきているのだ。まったくの私見だが。
だが、やはり彼の才能が一番研ぎ澄まされていた時期に映画を撮って欲しかったというのが、俺個人の意見なのである。
さんまが自身の番組で数年前にジュニアに珍しく真剣にお笑い論を語っていたのだが、その中で、さんまはこんな事を言っていた。
「ピッチャーに例えるなら、俺はずっとストレートを投げるタイプ。俺はストレートしか投げれない。紳助や松本はシンカーを投げていたけど、曲りが悪くなってきたので、途中で方向転換して、ストレートも投げてきている。シンカーは年齢とともに投げれなくなってくる。これは仕方のない事や。シンカーを投げるのは、紳助や松本やお前(ジュニア)くらいや。お前はこれからどうすんねん。」
「うわー、すごい上手い事いうなー。」と思った。
「さや侍」をみて、「90分では笑いとか涙とか感動とか、いろんな物は完全には入れられへんかったかなー?」という印象を受けたが、その時に思い出したのが「ごっつ」のときにした「トカゲのおっさん」というコントの第一回目。
この第一回目はコントにしては異例の30数分という長さなのだが、この30数分で、笑いや哀愁や愛やいろんな物が完璧に組み込まれている。しかも、コントの大半は松ちゃんと浜ちゃんがベンチでしゃべってるだけなのだ。本当の本当に素晴らしいコントだ。
あんなコントが作れていた時に、映画を作ってほしかったと思う。
とはいっても、今回の「さや侍」はこれからの彼の作品をさらに期待させるものでもあった。
前作2作は、全体の構成や展開は独創的でよかったが、肝心の笑いの部分はイマイチだった。今回は、「笑い」の部分はよかったが、下敷きとなるものは少し凡庸に感じた。今度は、下敷きの部分も笑いの部分もうまく組み合わされた、今までの相対性のような作品を見せてほしいと思う。
そして、もうしないと思うけれども、今回のような感じにしたいのだったら、もっと感情移入できるように割り切って徹底的にしてほしいと思う。
と極めて個人的な意見を書いてみました。
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