勝龍寺城へGO
台風も去り京都は心地よいくらいの快晴ですので、午後から長岡京の勝龍城跡へ行ってきました。
勝龍寺城というと将軍足利義晴・義輝、そして織田信長に仕えた細川藤孝の居城です。
その藤孝の嫡男・忠興へ嫁いできたのが明智光秀の娘である玉姫(後の細川ガラシャ)です。
織田信長による機内制圧を睨んだ政略結婚ではありますが、戦国一の才色兼備ともいわれるほどの美貌だったようですから、舅の藤孝がその美貌に大変驚いたと「細川家記」に書いてあるそうです。
16歳でこの勝龍寺城へ嫁いできたようですから、彼女にとって一番幸せな時期をこのお城で過ごしたといえるのかもしれません。
この城で3年過ごした後は細川家は丹後国へ移ることになる。
その2年後には運命の皮肉なのか玉の父である明智光秀が謀反を起こし、山崎の戦いの際に光秀軍の後方で本陣となるがこの城から坂本城へ脱出する途中で討たれてしまうことになる。
玉が謀反人の娘として生きて行かねばならない苦難の日々が続くのはこのときからであった。
小さな城跡公園ですが、いろいろ歴史の重みを感じる事の出来る場所です。
勝龍寺城公園
http://www.nagaokakyo-kankou.jp/syoryu_kouen/index.html
[走行データ]
自転車完了: 2011/09/07 16:29:34
ルート: 新規ルート
バイクタイム: 1:14:18
停止時間: 55:37
距離: 22.24 km
平均: 時速 17.96 km
最高スピード: 時速 46.38 km
登り: 158 メートル
降り: 136 メートル
カロリー: 651
勝龍寺城というと将軍足利義晴・義輝、そして織田信長に仕えた細川藤孝の居城です。
その藤孝の嫡男・忠興へ嫁いできたのが明智光秀の娘である玉姫(後の細川ガラシャ)です。
織田信長による機内制圧を睨んだ政略結婚ではありますが、戦国一の才色兼備ともいわれるほどの美貌だったようですから、舅の藤孝がその美貌に大変驚いたと「細川家記」に書いてあるそうです。
16歳でこの勝龍寺城へ嫁いできたようですから、彼女にとって一番幸せな時期をこのお城で過ごしたといえるのかもしれません。
この城で3年過ごした後は細川家は丹後国へ移ることになる。
その2年後には運命の皮肉なのか玉の父である明智光秀が謀反を起こし、山崎の戦いの際に光秀軍の後方で本陣となるがこの城から坂本城へ脱出する途中で討たれてしまうことになる。
玉が謀反人の娘として生きて行かねばならない苦難の日々が続くのはこのときからであった。
小さな城跡公園ですが、いろいろ歴史の重みを感じる事の出来る場所です。
勝龍寺城公園
http://www.nagaokakyo-kankou.jp/syoryu_kouen/index.html
[走行データ]
自転車完了: 2011/09/07 16:29:34
ルート: 新規ルート
バイクタイム: 1:14:18
停止時間: 55:37
距離: 22.24 km
平均: 時速 17.96 km
最高スピード: 時速 46.38 km
登り: 158 メートル
降り: 136 メートル
カロリー: 651





