沙羅双樹 | 鴉ノ眼

沙羅双樹

個人事業をやっていると、月末というのは請求書の発行や入金の確認、協力会社への支払い、税金・保険・年金等の支払いなどワーク以外に何かと慌ただしいものです。

そんな中、銀行や郵便局を回ったあと妙心寺塔頭の東林院へ寄ってきました。

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沙羅双樹のお寺として有名な東林院では、毎年この時期に「沙羅を愛でる会」というのを催しております。


眺めているだけで、「諸行無常」、を体感できる沙羅双樹の庭です。

※中央の枯れてしまった幹は本来ここの庭の有名な沙羅の樹です。
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先ずは、お茶とお菓子を頂きます。

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沙羅の花をイメージしたお菓子は鼓月さんどす。(^^)


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沙羅の木は本来は別の木ですが、日本では夏椿が沙羅双樹ということになってます。


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お茶を頂いた後、お庭の写真を撮りながら眺めていると住職のお話が始まりました、
さすがは、禅寺の大本山塔頭寺院のお話しは時に面白く、時に心に響くお話しをなさいます。

そんな住職のお話でたいへん共感できたのが、下記のくだり。
「いくら美味しい水があっても、グラスが他のもので一杯であるなら今ある物を捨てるのか、飲みほすのかしなければ、その水を飲むことはできない。」

要はこうしてこのお庭で沙羅を愛でる今の時間がそのグラスを空にするときであると言うことなのです。

慌ただしく仕事に追われ、雑用に追われている時だからこそ、こういう時間をたとえ1時間でも持つことで、また新たな発想なり仕事をこなしてゆけることに繋がるということを改めて考えさせられる機会になりました。

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祗園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必滅の理をあらはす
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごと


沙羅の花というのはたいして美しい花ではありません。
一日花として散ってゆくさまにこそ、滅びの美があるのです。

ここのお庭が特別美しいお庭なわけでもありません。
諸行無常、盛者必衰を感じることが出来るから、また行きたいと思えるのです。