こんにちは朱堂です




今回は、安土編


「安土城跡(登山道編)」です




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


安土城は山城なので…天守へ行くには当然山登りが必要です


キレイに整備されているから、まだ登りやすいのですが…


さすがにこれだけ石段があると「うげっ」って気分に




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


なので、足腰が弱い方向けに杖を用意してくれています




あ、朱堂は使ってません


まだそこまで年とったつもりはないっ




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


そして、行った時はちょうど大河ドラマ「江」がやってたので


ゆかりの地アピールもぬかりなしでした




さて、早速登ります




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


登り始めてすぐ、フッと足元を見ると「石仏」が


城を造るにあたって、石材が足らず、


石仏や墓石なども使ったんだとか


登山中には、その名残がいくつも見られます




ちなみに上の写真では、案内板と名札の間に


小さな仏様が彫られているんですが、


見えますでしょうか




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


しばらく登っていくと、有名人の邸宅跡ラッシュが始まります




上の写真は、「羽柴秀吉邸宅跡」


何段もの石垣全部が秀吉の屋敷だったそうで


でかいっ




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


そのお向かいには、「前田利家邸宅跡」


利家さんちの屋敷跡は、立派な石垣が見物です




秀吉と利家は仲がイイ、とか、家が近所だった、とか言いますけど


なかなか実感がわかなかった朱堂は、


このお向かいな屋敷跡が嬉しかったです




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


途中で、柵で塞がれた道が出現




この先には、「摠見寺(そうけんじ)」というお寺の仮本堂があります


ちなみに、「徳川家康邸宅跡」でもあるとか




摠見寺については、後日詳しく紹介します




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


天守に近づいてくると、今度は「武井夕庵邸宅跡」が




「武井夕庵」は、元々美濃国(岐阜県)の土岐氏、斉藤氏に使えていた人物で、


斉藤氏の滅亡後、信長の右筆として信頼されていました




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


木々も深くなり、もうそろそろ山頂か…




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


すると、天守と下山ルートの境目に、


信長の長男「織田信忠邸宅跡」が




信忠は、武将としてかなり優秀だったらしく、


後継者としてとても期待されていたそうですが、


本能寺の変で信長が死んだという知らせが届くと、


京都・二条城で自害しました




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


天守を目前にして、今度は「織田信澄邸宅跡」と


「森蘭丸邸宅跡」が並んで出現




蘭丸は皆さんご存知の信長さんの小姓ですし、


信澄さんは信長の弟・信行の息子、つまり甥にあたります




織田一族の隣に屋敷を持つとは…蘭丸すごっ




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


そして、いよいよ天守に到着です






以上、朱堂でした