うちにはフレンチ・ブルドッグが居ます。


9月で。。もう7歳になります。そんなに経ったんだ。。と少しびっくり。


もう老犬扱いをしていかねばならないのかな。


生後3ヶ月の時に我が家に来た時はそりゃもう


我が子以上?に可愛がりました。

 

何をしても可愛くて。。可愛くて。。


夫が虚言癖の上に自殺未遂を起こして隠れ借金まであるとわかった日。。


ふと。私も命を断ちたくなりました。


信じていたのに裏切られた。。全部嘘だった。と


わかった時は絶望しかありませんでした。


私は30代で鬱病になり入退院を繰り返し時に


沢山の自殺未遂を起こした方々に入院中会いました。


様々な方法で命を失くそうとした方々は


皆さん傷ついているように見えました。


ただ。。皆さん一様に「目覚めた時はなんで?


助かったのかと思った。。」と仰ってました。


あれが悪かったのかも。。と死への方法を顧みる


方もいらっしゃいました。


少し元気になられて皆で食べる食堂に出て来られて


冗談半分に「今度は確実に死ぬ方法を選ぶ。


それはね。。」と何故か沢山聞きました。


だから。。


私はその確実な方法で命を失くそうと思った時。。。




この子がジッーーと私を心配そうに見つめていました。


そして時にはそばで。。




こんな風にスヤスヤ眠ってくれました。

その姿を見ていると。。とても死ぬ気には

なれませんでした。

ジッー〜〜っと。。見つめてくれてる。。

こんな私を。。


置いて行けない。。!



そう思わせてくれる日々で1日1日が過ぎて

行きました。

その時は。。無理矢理に

絶対にこれから全て良くなる!とか

私が何とかしてやる!なんて

思えませんでした。。


正直。。夫を罵倒したり責めたりもしました。

でも。。気持ちは晴れません。

入院中に出会った自殺未遂で助かった人らの

顔が浮かびました。

みんな。。傷ついていた。。

たぶん。。自業自得でしょ!と吐き捨てる理由だとしても。。

夫も傷ついているのでしょう。。

それは想像出来ました。。

ポツリポツリと幼少期の頃の話しをし始めた夫。。

夫は産まれてすぐにカトリック系の養護施設へと預けられ。。

7歳で実母に引き取られたのですが

そこは六畳一間でずっと夜中まで1人で留守番してたそうです。

そしてよくよく聞いて行くと

出会った時に夫の実母は亡くなっていましたが

実母は仏教系の新興宗教の熱心な信者で

毎日毎日。。正座して読経を課せられ。。

酷い暴力と1ヶ月ふりかけだけ。。という

ちょっと信じられない話しを泣きながら始めました。

出会った頃。。夫は実母をまるで聖母なように

語ってましたが。。それは

そうだったらいいな。。のまぁ虚像の嘘の話し

だったのです。

それもこれも。。可哀想には思えましたが

だからといって。。私を騙す理由には

ならないよね?!と当時は跳ね返していました。

でも。。「養護施設の門の所にあった聖母マリア様に

もう一度会いたい。。」とだけはハッキリと

聞こえました。

私でなくても。。イエス様なら夫を救えるかも

知れない。

心の中にはそれしかありませんでした。

それが。。ありましたが

絶対に!救って下さる!と変に力んで

ポジティブにはなっていませんでした。

いや。なれませんでした。

絶対に大丈夫だからね!なんて言えませんでした。

絞り出すように。。『それが。。御心ならば。。』と

まだ悲しみの中で思っていました。

私に襲った悲しみや憎しみや恨みをただ

黙って見つめていました。

そばには必ず。。



この子が寄り添ってくれていました。

あぁ。。もう。。どうにでもして下さい。。

神様のイエス様の御手に私の悲しみやつらさも

捧げます。。

その頃から。。

私は人に対しても自分に対しても

変にポジティブな演技を手放しました。

いっとき。。スピリチュアルの時期には

常に精神性の高いポジティブさを人にも

自分にも無理矢理に持たなければ!と
(本当はスピリチュアルでそんな事は言ってないにしても)

思っていました。

もう。。演技をする事にはとことん疲れ果てて

ました。

悲しい時は。。悲しんでいい。。

泣きたい時は。。泣いていい。。  

それを止めてほしい時は。。やめてください。と

言っていい。。

そうしているうちに。。

私の内に。。要らないものが全て捨てられ

主の祈りの中にある。。

日ごとの糧を今日もお与えください。。

それだけでいい。。

もう。何者になろうともしなくていい。。

平凡である安堵感が溢れて来ました。

何を。。今まで見ていたのか?!と

驚くほどにゆったりとした時間の変化が

訪れて来たのです。

これが。。イエス様の祝福か。。?と思えるほどでした。

でも。。確実に確かに。。

どんな時もどんな日もそばにいてくれた。。



この子は。。確かに遣わされた天使なのだ。と

思えました。。ありがとう。。いつも

ありがとう。。

顎を乗せてるのは恥ずかしいですが。。

私の太ももです。笑。

どんなぶざまな私でも。。

常にそばに居てくれたこの子。。

神様の遣いに思えました。

もう。。無理しなくていいんだよ。。

ボクがそばにいるよ。。

お散歩行こうよ。。その目を見てると

感謝セざるおえないのです。