またもやお久しぶりな投稿になってしまいました。


数あるブログから見つけて下さってありがとうございます。


6月26日は誕生日でした。。まぁ誕生日を祝う歳でもないのですが。。


最近は。。誕生日をあと何年迎えられるのかな。と思うほどの歳になりました。


翌日の夕方に。。美輪明宏さんの訃報を聞きました。


私は小学1年生の時にテレビに映られた美輪明宏さんに心奪われました。(もうそれこそ何十年も昔です。笑)


それは直感的にこの人!私好きだ!と思ったのです。


そしてテレビ画面の前で「私。この人好きだ!」と言うと


母親から「アンタ変わってんね!こんな


お〇ま!アンタおかしいんじゃないの!」と


罵倒されました。


でも。好きだと思う気持ちは変わりませんでした。


おかしい!とか変わってるとか言われても


テレビに出られていた時はその母親の罵倒の言葉を背にしながら


美輪明宏さんに集中して観ていました。



そしていつも。。なんて美しい日本語を話されるのか。。と


幼いながらに感動していました。


一時期。。美輪明宏さんが男装になられた時も


母親はなんやかやと言っていましたが


私は性別を越えて歌われる『ヨイトマケの唄』


は一つの舞台。。や映画を観ているようでした。


ある時。。美輪明宏さんの歌われる『ヨイトマケの唄』の最中に


父親を見ると。。涙を流していたのを覚えています。


普段は母親を酔って殴る父親でしたので


何か見てはいけない場面を見たような気持ちになりましたが


私はとにかく。。ずっと美輪明宏ファンでした。


離婚して娘と住んでいた頃に。。


娘がアルバイトして美輪明宏さんのコンサートのチケットを


プレゼントしてくれました。


嬉しかった。。本当に嬉しかった。


ステージは本当に花と言う花だらけでした。


多分。。もう25年前もですから。。


美輪明宏さんは今の私ぐらいの年齢だったと


思います。。いや。もっと年上だったかも


知れません。


コンサートは前半と後半に分かれていました。


私はその頃。。酷い鬱病で不眠症でした。


毎晩。。と言うか早朝覚醒で3時半に必ず


はっ!と目が覚めて飛び起きると言う日々でした。


ステージ上の美輪明宏さんは本当に雲の上の人のようでした。


本格的なシャンソンを謳われるのかな。と


思っていたら。。以外にも童謡だったりと


私はとても穏やかな気持ちになりました。


そして後半はうつらうつらとなんと!眠って


しまったのです。


せっかく娘がプレゼントしてくれたコンサートで


ずっとファンだった美輪明宏さんのコンサートで。。


私は数分。。とてもぐっすり眠ってしまったのです。


それはとても不甲斐なく感じたのですが。。


こんな深い眠りは何年ぶりか。。?!と思ったのを覚えています。


でもしっかりとラストの曲は聴かさて頂きました。


被爆者であらゆる人生の辛酸を味わい。。


美しい日本語と深い教養と幅広い人脈と。。


磨き上げられた全ての芸。。


性別を越えた存在。。


それは一夜で成せるものではなかったはずです。。


訃報を聞いて。。


しばらく悲しい気持ちになりました。


そしてあの時コンサートのチケットをアルバイトしてプレゼントしてくれた娘に


改めて感謝していました。



この世に愛があれば。。


戦争なんて無くなります。


ありがとう。。


それが美輪明宏さんの最後の言葉でした。



まるでイエス様じゃない。。と


私は思えました。


以前美輪明宏さんにインタビューしてる


YouTubeで美輪さんに「美輪明宏とは何者か?」


の答えが。。


「わたくし?化け物です。(ニコッ)」と


お答えになってたのを拝見して。。


やっぱりこの人好きだ!と思ったものです。



立派なブランドものに身を固めて


立派な事を言って。。


贅沢三昧を人に見せるためにして。。



そんな人には何の魅力も感じません。



自分の事を『化け物』と言うその人は


愛の大切さを。。


わかっていた人でした。



御冥福をお祈り申し上げます。。






美しい。。私が好きになった頃の美輪さん。


この世に。。愛が無ければ。。


ありがとうございます。美輪明宏さん。。