D.C.F.L (ダ・カーポ ファンダメンタル・ラブ)
第111話「ラストライブは永遠に」

ステージ裏に居た修ちゃん以外のH.C.Pのメンバーはみんな
あらかじめ用意されていた観客席の方へ移動した。

修ちゃんは途中からでも使えるようにと
俺の相棒のメンテナンスに従事してくれている。
ほんと、相変わらず家事以外はなんでもそつなくこなすところは
いつ見ても「すごいな~」って思わされてしまう。

5分だけ時間を貰って
急いで借りたテレキャスターを自分仕様に調節する。
まず村雨用にと用意しておいた予備弦と総取り換えする。
弦も外身は同じに見えるけど
口径や材質で操作性がずいぶん変わるからだ。
どうやらことりの親父さんのはラージゲージ、
太い音が出るタイプのようだ。
俺はどちらかというと操作性を重視するため
細めのミディアムゲージを好んで使用している。

それから軽く指板に指を添えてコード弾きしてみる。
たとえ同じメーカーでも形が違うと
一番困るのはネックの太さや長さ。
村雨と同じストラトキャスターでさえも
年代やマスタービルダー作、量産品で仕様が全然違う。
だから急に慣れてないギターでぶっ続けの演奏に不安があったが
しかしこのテレキャスターの握り具合が村雨と同じような感覚で
それが何よりの救いだった。

「凛、そろそろ行くぞ」
「はい」
ああ、なんか鼓動が速くなる。
リーダに呼ばれるこの感じ、
思わずいつも演っていたライブハウスのデジャブを垣間見る。
懐かしいな。

でも、これが本当に最後。
本当に最後なのだ。
この、兄貴達と演奏出来るのは……。
だから悔いのないように全力で挑むのみ。

いつもやっていたとおり中腰になり
お互い肩を組んで円陣する。

「いくぜ野郎ども!」
「「「「おっしゃー!」」」」
テツさんの掛け声とともに気合を入れる。

暗く照明の落とされたステージへ赴き
スタンバイする。
リーダーがセンターに立ち、
拳を天高々と振り上げるとパッ!と眩しい位の
スポットライトの嵐。
ざわめきだっていた観客達の声が歓声へと変わり、
道化師のショータイムが始まった。
「わぁぁぁぁぁぁぁ」と今日の本命、
ヘッドライナーの登場にH.C.Pの時以上に観客が沸き立つ。

激しく荒らぶる台風のように”音楽”という風速50m超えの爆風を
いきなり5曲も連続でぶっ続け。
まるで長距離を短距離のペースで走るような感覚。
それでも誰一人息切れせず全力で演奏していく。

テツさん、ほんとあのパワーはどこからやってくるのかが不思議でたまらない。
お客さんは始めからボルテージがフルスロットル状態。
おかげでこちらもノリに乗って演奏できる。

テレキャスターの弦をミュートした瞬間、
額から汗がポトポトしたたり落ちてステージの床を濡らす。

MCに入りいつもながらの
フロントのスピーカーに片足を置いて
ステージの上から見下すかのような仕草。
「よぉ、お前ら。 元気だったか?」
だけどその王様的態度でサディステックな女性には大ウケで
あちこちから甲高い「キャー!」という黄色い歓声が響いてくる。

「俺達4月25日 ソニーミュージックエンタティンメントより
 メジャーデビューが決まった、ぜ!」
テツさんが高々と宣言するとクマさんがドラミングで
マヤさんと俺とでギターをハウリングさせ
シュウさんがベースで野太い音で
まるで拍手をしているかのような音を鳴らす。

そして会場からは
「おめでとー」
という掛け声がいろんなところから降り注いでくる。

「それでもってギターのリンが今日限りで脱退する事になった」
今度は「え~」と残念交じりの声。
お客さんからもちゃんとメンバーとして認めてもらって
居る事になんか嬉しさを感じた。
でもおいおいおいことりさんや、
知ってるくせに何笑顔でみんなと同じように言ってるんですか。
まったく……。

ん?
テツさんが突然ステージから飛び降り
ツカツカと歩いて行った先に居るのは
H.C.Pのメンバー達。
スッと伸ばしたの手先にはことりが居て
テツさんは彼女の手首をつかんだかと思ったら
なんとこっちに連れて来たではないか?!

な、何考えてるんだあの人は?
ことりもいったい何がどうしてこうなったか理解できぬまま
あれよあれよと言う間にここに連れている様子で
俺の隣に立たされるとキョトンと不思議そうな表情を見せる。
もちろん俺もテツさんが何を意図してるのかさっぱり分らない。

「こいつ、そこに居る彼女と別れたくないから
 俺達とはこれないんだと」
はい?
突然のセリフに一瞬頭がショートしかけた。

ちょ、ちょっと!
ここでそれ言いいますか?!

ステージ下のオーディエンスからは
「ヒューヒュー!」と口笛がなったり
「ラブラブ」とか「若いねぇ」とか
冷やかし交じりのそんな声が聞こえてきた。

さらになんと俺達にスポットライトを
ピンポイントで浴びせてきたではないか。
な、なんつ~ことするんだよ!!

「ほら、ファンにちゃんと挨拶しとけ」
マイクをこちらに渡しながらけじめをつけろと、
目がそう言っていた。
テツさんは普段ふざけてるけど、
でも筋が通ってない事は大嫌いな人だ。
まぁ俺もファンの方たちにはきちんと挨拶しておかなきゃと
心のどこかで思っていたので承諾しマイクを受け取ったはいいんだけど、
う……。

急に振られたMC。
開場は静まり返り5000人もの視線が俺に集中している。
さっきまで騒がしかったのが嘘みたいだ。
うう、今までステージで話したことなんてないので
急に心臓がバクバクし始めた。
くそっ、ギターの演奏でならこんなに緊張しないのに!

「あの、その……。 短い期間でしたがお世話になりました」
軽く会釈をしてまずは挨拶。
「辞めないでー」とか言われてなんだか
ファンの人に申し訳ないような心境になってくる。

「俺、元々道化師のファンで、
 初めはサポートメンバーで何度かライブに立たせてもらっていて、
 テツさんが何を考えたのかこんなド素人の俺を急に突然しかも
 ライブのステージの上で 正規メンバーに加えたって言われた時は
 正直「この人何言ってるんだろう?」とか思ったけど」
そう、忘れもしないあの日。
ことりと知り合って間もない頃にあった道化師のライブ。
いつもどおりライブハウスのバイトをしていて、
道化師が演奏の時テツさんにステージから呼びつけられたので
当時の愛機である”雫”を持ってサポートに入って、
そしていきなりMC中に「お前、今日から道化師な」と振られ
あまりにも突然の事にこっちが頭の中真っ白になったっけ。

「面白そうだったから」
さりげないリーダーの突っ込みに会場から爆笑が起こる。
そんな事だろうと思ったけど。
「嘘つけ。 リンの才能買ってたクセに」
とマヤさんがすかさずフォローを入れてくれる。

”才能”を買ってくれたのかなぁ?
どう考えても面白半分にしか思えないんだけれど。

道化師の正規メンバーにしてもらえたのはとても嬉しかったし光栄だった。
けれどその分練習は超がつくほどハードだった。
時にはスタジオで48時間ぶっ続けの時もあったし、
俺が一番ミスをしていたので「やる気あるのか!」とか
「ヘタクソ!」とか沢山叱られた。
それで悔しかったからまた家でも練習して
おかげで自分でも言うのはなんだけど
指先が固くなり指関節が太くなったりと
手が”ギタリストの手”になっていって
夏休み入る前にはしっかりとついていけるようになってた。

思い出に浸りつつちらりと隣に居るテツさんに視線を向けると
無言で「もっと何か言えよ」みたいな表情。

「おっ、俺。 かっ、彼女が居ないと全然ダメで、
 その、すみません。 道化師がメジャーデビューと当時に
 脱退させていただきます。 
 いままで、ありがとうございました」
丁寧にお辞儀すると彼女もつられて同じ動作してくれる。
すると会場からわれんばかりの拍手が起こった。
少し、心の中で安堵した。
道化師を辞める事 = ファンから見れば裏切り行為
と考えていたからだ。
でも、道化師のファンの人はいい人ばかりなので
みんな快く脱退を許可してくれたようだ。

「キース、キース!」
はぁぁぁぁぁ?
テツさんが突然頭の腕で手を叩いて
お客さん達を煽りだす。

まて×100!
ノリのいいお客さん達も同調し始めてテツさんと同じような動作をしだす。
「止めてくれ!」と道化師内で一番の常識人であるベースのシュウさんに
視線を送ってみたが、こちらの意図を無視してくださって腕を組んで
うんうん、と唸ってる。

やばい、やばすぎる!
しょせん高校生の俺にテツさんみたくカリスマ性もなければ威厳もない。
この5000人のオーディエンスを沈められる力なんてない。
彼女を連れて逃げ出そうか?
しかしそれはそれでせっかく温まった会場の
場を盛り下げては今まで頑張って来た演奏が元も子もなくなってしまう。

どんどんどんどん、声高々になっていくキスコール。
うううう、背水の陣だ。

どうする、どうする?
もう一人の当事者である彼女に視線を送ると、
彼女はうつむいたまま軽く小指に指をからませてきて小声で
「り、凛くんにお任せします」
と言ってきた。

周りを見回すと兄貴達は口元をニヤつかせながらこっちを見てくるし。

ああっもう、やればいいんだろやれば!
多少ヤケになりつつも
「ことり」
呼んで見上げてきた彼女の頬にそっと手を添えて口づけを交わす。

もちろん恥ずかしいのですぐに離れると
会場から冷やかしの声とか「ヒューヒュー」と口笛が鳴ったり
「お幸せに~」などといった賛辞が贈られる。

あ~、穴があったら入りたい!
ちらりとステージから観客席を見下ろすと
前列近くに居る修ちゃんにともちゃん、
みっくんがニャリ顔で見てるし
隣に居ることりは顔を真っ赤にしながら
恥ずかしい時のクセである下をうつむきつつ
胸元で両手の人差し指同士をツンツンしてる。
こら~、美晴。
携帯で写メ撮ってるんじゃない!
後で没収だ没収!

くっそ~、こんな大勢の前でなんて事させるんだよ!
ライブの打ち上げの時絶対飛び膝蹴り喰らわせる~。

とりあえず俺の役目は終わったので
ことりの手を引いて連れてステージ裏に戻る。
「な、なんか巻き込んでごめんな」
「う、ううん」
軽く首を横に振ってくれる。

「後半もがんばって」
「うん」
ことりは軽く手を挙げた後観客席へ戻っていく。
そんな彼女の後姿を見届けた後
速足でステージへ戻る。